アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
54
-
忍はこれ以上食べられない!と思うほど、お腹がパンッパンに膨れきった。
「うう〜、食べすぎた・・・。」
「忍はそれくらいで良いよ。食い過ぎるくらいに食った方が良い。」
祭壇に手を合わせて、骨壷を抱えた。
忍はぷうっと頬を膨らませた。
「ヘンゼルとグレーテルだっけ?太らせて食べるの。」
「あー・・・、悪い魔女だっけ。」
「そうそう、」
位牌と遺影を紙袋にしまった忍は、「悪い魔女、悪い魔女。」と繰り返した。
「当たらずとも遠からずだなあ。」
「それって歩さんが悪い魔女ってこと?」
「そ。大人はみんな打算ってのがあるからね。」
忍が胡乱な目を向けた。
「えー・・・。」
「大丈夫。この悪い魔女は職場でしか顔を出さないから。」
そううそぶくと、忍は思いっきり吹き出した。
「ブハッ!何それ。」
「大変なんだぞ?成績上げれば妬まれるし、成績悪けりゃ叱られるし。」
妬み嫉み。
人間の汚い面を感じることは、大人の世界では結構ある。
あるけど、そこはドライになるしかないのだ。
「でも、会社っていうのは利益を求める集合体だろ?お互い働いてる人たちは、同志なだけで、友だちでも親でも子でもないんだ。」
忍には同志と言ったが、同志がいるのかは不明だ。
「まあ俺だけかもしんないけど、足を引っ張ってくる先輩には笑顔で接して、心ん中では『バーカバーカ、アーホアーホ』って唱えてるから、案外やっていける。」
「・・・はぁ。大人ってイヤだね。」
眉を顰めた忍に笑いかけた。
「その代わり、マネーの力を存分に使える。魅力的だろ?」
「うぇえ。汚ぁい。」
心底イヤそうな顔をした忍に片目を瞑ってみせた。
「そうか?大人はめちゃくちゃ楽しいぞ。」
「・・・ふぅん。」
そう、大人は楽しい。
学生の頃とは違った楽しさだ。
頑張れば、対価として返ってくる。
頑張れば、自由に生きていくことも出来る。
敷かれた線路を走らなくてもいい幸せは、子どもの頃には感じたことのない幸せだ。
「忍は、早く大人になりたいか?」
「・・・よく、わかんない。」
骨壷を祭壇に戻して、忍の頭を引き寄せた。
「無理して大人になろうとしなくても良い。忍は忍だ。」
黙って抱きしめられるがままになっている忍は、僅かだが頷いた。
「学生は学生で楽しい。まあコロナ禍だから遊びに出るって難しいだろうけど、学生にしか出来ないこともある。それに、店もそうだ。」
そう、喫茶店。
「あの時の忍は、イキイキしてた。・・・喫茶店の仕事は嫌いか?」
忍の肩が強張り、また力が抜けた。
「・・・嫌いじゃ、ない。」
「そっか。」
思い出があり過ぎるのかもしれない。
この細い腕では、ひとりで抱えられないだろう。
「ま、一旦帰ろう。不動産屋の親父さんにも鍵を返すんだろ?」
「うん。」
忍は真面目で律儀だ。
二階の自室から一階の店舗に降りれるのに、その階段を使おうとはしなかった。
鍵を不動産屋に渡したからには、自分のものではないから。という理屈らしい。
俺ならシレッと店に入るが、忍はそんなことはしなかった。
子どものくせに、真面目な大人のような真似をする。
良い人であろうとするこの子は、いずれパンクしてしまうだろう。
人のために良い人になる必要は無いのだ。
自分のために、生きて欲しいと思った。
「さ、出るぞ。」
「うん。」
チラリと携帯を見ると、『準備オッケー!』の通知が見えた。
歩はニヤリとすると、骨壷を抱えて襖を開けた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
54 / 201