アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
62
-
ぜいぜいと息を切らしながら、みんなで床に転がった。
めちゃくちゃキツイ。
右腕もパンパンだし、腰も痛い。
お腹も笑いすぎて筋肉痛だし、苦しくてならないけれど、不思議と気持ちは軽くなっていた。
加藤さんと歩さんは荒い息を吐いてるくせに、
「なあ、新里。四の字固めってどうやったっけ?」
「あ?実践してやるよ!」
とプロレスを始めちゃって、痛むお腹が更によじれそうになった。
もう!バカだ。
おバカさんだ。
このおバカさんたちが愛おしくて、ぼくは目を眇めた。
「・・・忍さんは、学生さん?」
隣で倒れていた杉さんに聞かれて頷いた。
「はい。・・・辞めようかと思っていたんですけど。」
「続けようと思った?」
ちらりとカウンターに置いたおばあちゃんを見上げた。
「はい、そんな気になってきました。」
「ふふ、良い傾向だと思うよ。」
杉さんが起き上がって胡座をかいた。
「昔話なんだけど、聞いてくれる?」
ぼくは頷いて、起き上がった。
そして杉さんと向かい合った。
「・・・昔むかし、たったひとりで静かに暮らしてた男の子がいました。その子の住処はガランとしてて、空気は冷たく冷えていました。」
ああ、・・・想像できる。
「全てを捨ててやってきた男の子は、笑うことも忘れて、毎日を過ごしていました。」
ズキっとした。
杉さんはぼくの未来を話しているように感じた。
「そこに、魔法使いが現れました。魔法使いは太陽の光のように温かい心で、冷たく冷えた男の子の心を溶かしていきました。」
思わず歩さんを振り返った。
なんで歩さんを見たのか分からない。
分からないけど、魔法使いは歩さんだと思った。
「笑うことを忘れていた男の子は、笑い方を思い出しました。」
・・・ああ。
「全てを捨てて逃げ出してきた傷は深く、後悔に胸が張り裂けそうになる事もありましたが、魔法使いはその男の子の全てを愛し、愛しんでくれました。」
ぎゃあぎゃあと叫ぶふたりを見ながら、胸を押さえた。
「そして、その魔法使いのおかげで、逃げ出した過去と向かい合い、新しい一歩を踏み出すことができました。」
幸せそうに微笑む杉さんを見ていたら、希望の光が胸に灯ったのを感じた。
「その男の子は・・・どうなったんですか?」
杉さんは、目を細めて笑った。
「男の子は新たな目標を得て、魔法使いと生きることを選びました。そして、死ぬまで魔法使いと幸せに暮らしたとさ。」
ああ。
ああ・・・っ。
涙がこぼれ落ちた。
「逃げるのも、心を守るために必要なことだよ。でも結論は早く出さなくてもいいと思う。いまは、自分が何をしたいのかしたくないのか、じっくり考えるといいよ。」
杉さんが涙をそっと拭ってくれた。
「大丈夫。忍さんのもとにも、きっと魔法使いは現れるから。」
うんっ
うん・・・っ!
頭を抱きしめてくれた杉さんは、震える背中をずっと撫でてくれた。
未来なんて考えられなかったのに、心の中の、暗いトンネルの先が明るく見えた気がした。
「よ、く・・・考えてみますっ。」
そう言うと、杉さんは「いい子。」そう言って褒めてくれた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
62 / 201