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喫茶店の朝は早い。
キャベツを切って付け合わせのサラダの準備をしてから、食パンをカットする。
少量のコーヒー豆を砕きおわったら、床を掃き、テーブルを拭く。
早起きするのが当たり前だったから、自然と体に染み付いていた。
なのに。
「・・・ぅ!」
全身筋肉痛の疲労困ぱい。
瞼が開かなくて、二度寝を繰り返す事3回。
そうして目が覚めた時には、時計の針は13時を指していた。
忍がもぞもぞと起き上がると、隣にいたはずの歩さんは居なくて、気持ちがガクンと落ち込んだ。
・・・会社、だよね。
ぼくのために、会社を3日間お休みしている。
壁に掛けたカレンダーを見ると、今日は木曜らしい。
ため息を吐きながら、ベッドから恐る恐る足を下ろした。
「ぃった!」
ふくらはぎも、太もももパンパンだ。
ねちっこい歩さんのセックスのせいで、全身筋肉痛なのだ。
運動系は苦手で、特に球技が大の苦手。
豆を投げた右腕と右肩甲骨あたりは、更にヤバイ。
よろよろと壁に手をついて、どうにかタンスまで辿り着いた。
「はぁ、はぁ・・・っ。」
いつもなら一歩二歩の距離なのに、体の痛みに息が上がった。
・・・うー。
スマホも一階のお店に置きっぱなしだ。
滑りの悪いタンスの引き出しを力いっぱい引っ張って、下着を取り出した。
どうにかこうにか衣服を身につけると、また壁に手をつきながら部屋を出た。
「・・・あー。」
昨日の残骸が廊下に散らばっていた。
脱ぎっぱなしの昨日の服だ。
・・・サイテー。
屈むのが辛くて、足で洗濯物を蹴りながらえっちらおっちら廊下を進むと、コーヒーの香りがしてきた。
ん?
浴室の隣の小さなキッチンを覗き込むと、いるはずのない歩さんが、難しい顔をしてシンクの前に立っていた。
「あ、起きた?」
ぼくの気配に気付いた歩さんは、ノーテンキな顔で振り返って笑ってくれた。
「え、歩さん。会社は?」
「休んだ。」
え。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。それより、忍のその格好がヤバイぞ。」
前屈みで壁に手をついて、足元には洗濯物が渦巻いている。
「だって、筋肉痛。」
「ブハ!だらしねぇなあ。」
吹き出した歩さんは、ぼくの足元に丸まった洗濯物を拾い上げてくれた。
「クリーニングにどうせ出すだろ?」
「うん、そうだね。」
喪服は家で洗えない。
近所のクリーニング店に持って行く必要があった。
「でもワイシャツとかは洗うから、洗濯機に入れてて。」
「おー。」
さっきまで落ち込んでいたのに、歩さんが家に居てくれたのが分かって、気持ちがふわっと上向いた。
何でもない会話が出来る幸せは、学んだばかりだ。
もうおばあちゃんと日常会話をすることは、一生無い。
何でもない普通の日々は、突然崩壊することを知っていた。
だからこそ歩との普通の会話は、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
・・・居てくれた。
ちゃんと、約束守ってくれた。
キッチンに戻ってきた歩さんの側に寄ろうと、よろよろと壁伝いに進みながら、ぼくはふと首を傾げた。
シンクに置かれたコーヒーカップの様子が変だったからだ。
「・・・それ、なに?」
「コーヒーもどき。」
カップの中が、まるで泥水なのだ。
「だから、なにそれ。」
「んー・・・コーヒーへ進化中の物体。」
湯気のたつカップを覗き込んで、もう一度歩さんを見つめた。
「・・・コーヒー豆は、せめてフィルターで漉そうか。」
「やっぱり溶けない?」
「・・・インスタントじゃないんだから。」
軽く頭痛を覚えた。
「前歯で濾しながら飲むっていうのは?」
「ブハ!それ、なんの挑戦なの?!」
想像するだけで可笑しかった。
粉砕されたコーヒー豆を、前歯で濾す!!
前歯にめちゃくちゃ豆の破片が詰まるじゃないか!
「とりあえず、朝メシ食おうぜ。」
「うん。」
歩さんが出してくれた朝食は、斜めに切り割かれた食パンと、昨日のおつまみ豆のワンプレートだった。
「ふふ、朝ごはんでおつまみ豆って斬新すぎるね。」
「だろ?でも少しずつ勉強していくから、今後を楽しみに待ってろよ?」
歩さんは、面白い人だと思う。
前歯で濾しながらコーヒーを飲んだ歩さんは、びっちり前歯に付いたコーヒーかすをワザと見せて笑いを誘っている。
・・・ああ。
こんな人、もうほかに居ないかも。
「今日はこれからクリーニングに出しに行って、部屋の片付けしようぜ。」
「うーん、片付けられる自信がないかも。」
大丈夫大丈夫、と歩さんは笑った。
「俺が動くから、忍は指示してくれ。」
「口だけでいいの?」
「もちろん。ここを引き払ってうちに来るか、俺がこっちに引っ越すか分からないけど、荷物は整理しとかないとな。」
・・・ん?
いま、何か不思議な言葉を聞いたぞ。
「何て言った?」
「荷物の整理をしよう。」
違う違う。
「その前。」
「ん?同棲ってことか?」
呼吸を整えた。
「同棲ーーーーッ?!」
ぼくは、腹から叫んだ。
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