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歩さんから受け取った封筒を、ぼくはゆっくりと時間をかけて覗き込んだ。
封のしていないそれは、ふわりと紙特有の香りがして、しまってあった期間の長さを感じてドキドキした。
歩さんがぼくの横に来て、手元を覗き込んだ。
「・・・読める?」
ぼくは黙って頷いた。
封筒の中身を、ひとつひとつおばあちゃんのベッドの上に広げた。
手紙と保険証券、通帳がいくつかと印鑑、そして・・・、
「母子手帳・・・?」
歩さんと顔を見合わせた。
ぼくは、おばあちゃんからの手紙を手に取った。
忍へ。
忍がこの手紙を読む頃は、おばあちゃんはおじいちゃんの元へ旅立った後だと思います。
忍、迷惑をかけてごめんね。
そして、辛い思いをさせました。
まず、何から話すべきか迷いましたが、あなたのお母さんのことから話していきたいと思います。
忍のお母さんは、忍も知ってのとおり、お父さんと別れて、ひとりで忍を産みました。
なぜすみれは、忍のお父さんと別れたのかは分かりません。
あの子は、最後まで理由を話しませんでした。
それでも、残された母子手帳を読めば、お父さんのことも、そして忍のことも、心から愛していたのが分かります。
お父さんも、忍のことを愛してくれていたようでした。
母子手帳を忍に見せなかったのは、おばあちゃん達の我儘です。
これを見せると、忍はお父さんのもとへ行きたいと言うかもしれない。
もしかしたら、もう二度と帰ってきてくれないかもしれないと、不安に苛まれたからです。
忍のお父さんを悪者にするしか、おばあちゃんには道がありませんでした。
だけど、だんだんと成長するにつれて、忍は我慢をするようになりました。
そして、限られた人としか接することの出来ない子になってしまいました。
これは、おばあちゃんの罪です。
忍かわいさに、子どもらしい奔放さを禁じて、愛情の欲しい年齢に、父親からの愛情は全くなかったと擦り込んだ、おばあちゃんの罪なのです。
忍、母子手帳を読んでご覧なさい。
忍は、お母さんやお父さんから、いっぱいの愛情を貰っていますよ。
それに、おばあちゃんが死んでも、忍にはお父さんがいます。
すみれの13回忌のことを覚えていますか?
あの時、おじいちゃんが家から追い出した男性は、忍のお父さんです。
お父さんは、おばあちゃんが断っても断っても、忍のためにと、毎月お金を送ってくれました。
忍、その通帳には、お父さんからのお金を入れています。
一度、お父さんと会ってみなさい。
あなたはもっと愛されるべき子なのですから。
今まで、お父さんを悪く言ってごめんね。
本当は、忍のお父さんはとても良い男性です。
おばあちゃんの邪な心が、その真実を捻じ曲げてしまいました。
・・・歩さんが、そっと肩を抱き寄せてくれた。
13回忌に、おじいちゃんが凄い剣幕で追い出した人のことは、うっすらと覚えている。
喪服を着たおじさんは、なんだか悲しそうな目をしていた。
あの人が、ぼくのお父さん・・・。
歩さんの腕の中で、ぼくは小さく身震いをした。
「・・・大丈夫。俺がいるから。」
「うん、ありがとう。」
ぼくは歩さんから勇気を貰って、手紙の続きを読み進めた。
忍、今まで縛り付けてごめんね。
これからは、忍の人生を作っていきなさい。そして、幸せに暮らしてください。
これは、おばあちゃんの願いです。
少しですが、生命保険を掛けています。
忍がここで生活できる分だけは、ぎりぎりあると思います。
相続の手続きは、信託銀行の人にお願いしてあります。
おばあちゃんが死んだことを、名刺の人に伝えてくださいね。
忍は、とても優しくて良い子です。
わたしたちの自慢の孫。
本当は、もっと一緒にいたかった。
おじいちゃんも、同じ気持ちでしょう。
おばあちゃんは、忍のことが大好きです。
だから、これからは忍のやりたい事を見つけて、幸せに幸せに暮らして欲しい。
忍が幸せになれば、おばあちゃんも幸せです。
・・・手が震えた。
「勝手だよ・・・、いまさらっ!」
怒りなのか悲しみなのか分からない。
分からないけれど、胸が焼けつく感じがした。
「忍、大丈夫。お前には俺がいる。」
強く抱きしめられて、唇を奪われた。
歩さんからはコーヒーの味がして、頭の奥が痺れた。
お父さんが良い人なんて、聞いたことがない。
お母さんを捨てた、悪い人じゃなかったの?!
頬を伝う涙を、歩さんが拭ってくれた。
「忍、こっち見ろ。」
焦点の定まらない瞳を、無理矢理歩さんに合わせた。
「忍には、俺がいる。だから泣くな。」
震える唇に、歩さんは両親指を入れてから、ぼくに微笑んで見せた。
「それに親父さんがいたってことは、天涯孤独じゃ無くなったってことだ。ほら、笑え。」
「ぃでででででででで!!」
両親指を外側に引っ張られて、唇が裂けた。
「おっと血が出てきた。」
それでも指は突っ込んだままだ。
血が出た部分を舌先で舐められて、ゾクリとした。
「忍は笑っとけ。いまさら親権がどうの言われる年齢じゃねぇんだ。気に入らなければ、会わなければ良い。」
そっか、・・・会わなくても良いのか。
「会うか会わないかは、忍次第。お前に主導権があるんだから、こんな簡単なことは無いよ。」
歩さんが言うと、本当に簡単な事に思えてしまうから不思議だ。
ぼくの口の中から親指を抜いた歩さんは、シレッと通帳を開いた。
「・・・へぇ。」
穴の開けられた通帳がたくさんあった。
記帳する箇所が無くなったことを差すそれは、ぼくが産まれた半年後から始まっていたからだ。
毎月、5万円。
それを、20年間。
ぼく名義の通帳に、12,000,000円が入っていた。
「空白の半年間か。」
空白の、半年・・・。
もしかして、お母さんはお父さんの前から急に消えたんだろうか。
でも、なんで?
「おいで、カフェオレ淹れてやるから。」
腕を引かれて我に返った。
「待って!どうやって淹れるか知ってるの?!」
「大丈夫、今回はフィルター使うって。」
そして歩さんは続けた。
「熱くした牛乳をそこに注げば良いんだろ?」
「ち、がーーーーーーーう!!」
涙も引っ込んだ。
「教えるから、ちゃんと覚えて!」
悲しみ、悔しさ、怒り。
そんな感情は、歩さんのおかげで吹き飛んだ。
彼のペースに巻き込まれると、ぼくの中で渦を巻く悪い感情は霧散してしまう。
「もう!手がかかるんだから。」
そう毒づきながら、ホッとしている自分がいることを、ぼくは自覚していた。
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