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一言で言うと、汚い。
その部屋は、いわゆる学者の部屋然とした、書類や書物、埃にまみれた部屋だった。
忍のイメージで考えていたが、どちらかといえば片付け能力は俺寄りの人と考えて良いだろう。
「初めまして。新里と申します。」
「・・・大久保です。」
ノックをして開けた部屋は乱雑だったが、忍の血縁である大久保准教授は、すらりとした清潔感のある男性だった。
何となく忍の目元に似ている彼は、落ち着かなげに視線を彷徨わせた。
「汚いところですけど、どうぞ。」
申し訳程度に片付けてある応接セットに通された俺は、遠慮なく深く腰掛けた。
「単刀直入に伺います。大久保さんは、忍の父親ですね。」
------------※ ※ ※------------
2回目の洗濯を終えたぼくは、ベランダに出て景色を眺めた。
あの家から望む景色は、パチンコ屋の壁か小さな通りしか見えない。
閉塞感のある景色が普通と思っていたけれど、ここの壁が迫っていない景色は、なんだか気持ちが良かった。
片付けをすると、人の過去が見えてくる。
食器棚の夫婦茶碗や、奥さんの趣味だと分かるファブリック。
改めて、歩さんは結婚していたんだと気付かされた。それが別に嫌だったわけでもない。嫉妬に駆られるほど、歩さんのことは知らない。
ただ、それだけだ。
もちろん、歩さんのことは好きだ。
本人に言うつもりは無いけど、多分、初恋に違いない。
だからといって、自分のことだけ見てほしいなどといった感情は湧いてこない。
独占欲は、自分に自信がないと出ないからだ。
自分のことも整理できていないのに、歩さんの過去に嫉妬するだけの余裕がない。といった方が正しいのかもしれない。
頭の中は、不安と後悔とモヤモヤとしたやり切れない気持ちでいっぱいだ。
歩さんが離れた方がいいと言うから、おばあちゃんは可哀想だけど店に置いてきた。
「大丈夫、忍のおばあちゃんは、店で最後のお別れをしてるだろうからそっとしとこう。」
・・・ふふ、考えてみればめちゃくちゃ自分勝手な話だ。
普通は、亡くなった人の側にいてあげるのが良いはずなのに、歩さんは「おばあちゃんは大人だ。大丈夫!」と放っておくことを正当化した。
でもそうやっておばあちゃんから離してくれたから、落ち着いて考えることができるのかもしれなかった。
思い出のあふれたあの場所で、おばあちゃんの手紙のある部屋を前にしながら、ぼくは一日どう過ごしたら良いのか分からなかったからだ。
「まあ、俺は無宗教的な感じだからあれだけど、生きてる人中心に考えないと、地球最後に生き残った人間は大変だと思うぞ。」
・・・なんて、地球の終末まで持ち出すんだから、ぼくは何にも反論できなかった。
絶対、営業の人だよね。
口で勝てる気がしないもん。
手すりに肘をついて頬を乗せた。
でも、この強引な感じは嫌いじゃない。
最後には必ず、「忍が好きだよ。」と言葉を添えてくれるからだ。
・・・参った。
相当、好きかも。
絶対、言わないけど。
でも、ぼくの何が良いんだろう。
根暗だし、顔だって普通だ。
第一、ぼくは男だし。
女の子みたいに、柔らかい体じゃない。
女の子みたいに、綺麗でも可愛くも無い。
・・・財産ってわけでも無いんだろうけど。
相続税がだいたい払えるかも分からない。
節税のために持ちビルは不動産屋さんに管理をお任せしている。三階にあるトランクルームは、不動産屋のおじさんのおかげで利益は出ているけれど、一階の喫茶店は赤字経営もいいところだった。
不動産屋さんのおじさんにも、生前、その話はしていた。
「総合的に赤字だから、良いんだよ。」
「でも、食べていけないかも。」
「大丈夫。これくらいの収支ならやれないことはないと思うよ。」
会社として、おじさんに管理を依頼する。
おじさんは家賃を集め、手数料を引いた上で払ってくれる。
そのかわりトランクルームは、おじさんの広い繋がりに頼って経営しており、家賃に対して引かれる手数料以上の利益をもたらしてくれていた。
・・・やっぱり鍵を返して、誰かに借りてもらった方が安定するのかな。
相続税が払えたら、だけど。
そもそも払えなければ、手放すしかないのだ。
寂しい気持ちと、ホッとする気持ちはどっちが大きいのかな。
「・・・買い物、行こう。」
父親の問題も、家の問題も、何一つ解決していない。
だけど、ゆっくり考えると決めていた。
だって、ぼくには歩さんが側に居てくれるからだ。
ね・・・そうだよね、杉さん。
歩さんは、ぼくの魔法使いだもんね。
忍はベランダから部屋に戻ると、財布と鍵を手に外に出た。
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