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「あれぇ、忍ちゃんじゃないか?」
スーパーのカゴを持った瞬間、ぼくは声を掛けられてビックリした。
「・・・おばさん。」
お店に来てくれていた常連のおばさんだ。
小さい布製のマスクをズリ下げて笑ってくれた。
おばさんはもう買い物が終わったらしく、小さなエコバッグを持っている。
「ごめんね、急にお店を閉めて。」
「いや、事前に聞いていたからね。」
常連客には、そのうち閉めると話していた。
閉める日は、寂しくなるから敢えて言わないとも言っていた。
「店を閉めたってことは、ママさんは?」
「うん。」
亡くなったことを肯定すると、おばさんは顔を悲しそうにくしゃくしゃに歪めた。
昔から、うちとパチンコ屋を行ったり来たりするおばさん。
世間から見たらだらしないと言われるだろうけど、ぼくにとっては優しいおばさんだった。
「・・・そっか。寂しくなるね。」
「うん。」
人の邪魔になるからと持ち上げたカゴを元に戻して、スーパーの外に出た。
「おばちゃんがお菓子買ってあげようか。」
「ふふ、もうぼく大人だよ。」
「そうだったね。」
パチンコの景品のお菓子をよくくれた。
おばあちゃんたちに叱られていたら、こっそりとだけど、優しく手を握ってくれたりもしてくれた。
ぼくにとっては、優しい優しいおばさんだ。
「おばさんの家、この辺なの?」
「そう。あそこのオンボロアパートだよ。」
遠くに木造の古いアパートが見えた。
「忍ちゃんは、愛人の家かい?」
ブハッ。
そうだった、歩さんのことは愛人だと紹介したんだった。
「ふふ、そうだよ。」
そう言うと、おばさんはエコバッグから焼酎の紙パックを取り出した。
「そうかい、あの兄ちゃんは忍ちゃんのことを見つけたんだね。」
ぼくはぽかんとして渡された紙パックとおばさんの顔を見比べた。
「え?」
「店を閉めたあの日、あの兄ちゃんは汗だくで忍ちゃんを探していたのさ。」
ドキンとした。
「忍ちゃんを見つけたいって、そりゃクソ真面目な顔で、このババにお願いしてきたんだよ。」
あ、やだ・・・。
嬉しい。
嬉しいし、泣きたくなってきた。
「忍ちゃんが嫌で連絡先を教えてなかったのかとも考えはしたんだけど、少し話をしたら、本気で忍ちゃんのことを好いてそうだったからね。」
頭をぽんぽんと撫でられた。
「あの兄ちゃんのこと、気になってたんだよ。・・・忍ちゃん、良かったね、見つけて貰えて。」
ぼくは思わず俯いた。
・・・泣きそう。
やっぱ好きかも。
歩さんのこと、好きだ。
「こんなババが言うのも変だけど、忍ちゃん。」
握らされた焼酎の紙パックごと、手を掴まれた。
「幸せは自分の手で掴むもんだ。・・・逃すんじゃ無いよ。」
うっ・・・う。
胸が熱くなって、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
おばさんは「バカだね。」と言って、くちゃくちゃのハンカチを取り出して拭いてくれた。
おばさんは、いつだってぼくの味方で、ぼくの好きなおばさんだった。
例え、その人が世間一般ではダメな大人に分類されるとしても。
「お、ばさんっ。」
「良い子だよ、忍ちゃんは。よく頑張ったね。」
エコバッグの中には弁当と焼酎の紙パック。
それにタバコが入っている。
歯が抜けて、でも治療には行かない人で。
毎日のようにお店に来ては、今日は勝ったの負けたの話をしていた。
こんな人だけど、ぼくにとっては優しいおばさんで、大切な人で。
ああ、なんでお店閉めちゃったんだろう。
お店を閉めたら、もうおばさんと会えなくなるのに。
この、間の抜けた笑顔も、子ども扱いしてお菓子をくれることも、全部全部無くなっちゃう。
「忍ちゃんが元気で幸せに暮らしてくれれば、ババは幸せだよ。」
・・・おばさんっ!
「ごめんね、ごめんなさい!」
ごめんなさい、何も言わずに閉めて。
ごめんなさい、ありがとうも言ってなかった。
「どうしたんだい、忍ちゃん。」
決めた。
ぼく、決めた。
「おばさん、明日は時間ある?」
ぼくは涙を袖で拭った。
「良かったらみんなを誘ってお店に来て。おばあちゃんも会いたがってると思う。」
そう誘うと、おばさんは潤んだ目をして頷いた。
「もちろんさ!常連のみんなを引き連れて行くさね!」
ぼくは決めた。
一歩、前進してみる。
ぼくは頷くと、おばさんと別れた。
ぼくは、ぼくのやるべきことをやる。
歩さんのことを信じて、一歩を踏み出すことを決めた。
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