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「あっという間さ。ぴんぴんコロリとは、この事だよ。」
そして忍は、おばあちゃんとふたりっきりになったんだ。
「前から店を手伝っていたからね、忍ちゃんは。よく働く良い子だよ。」
「・・・ええ。」
あの動きは、玄人の動きだ。
ただの手伝いではない、きちんとマスターの役をこなしていた。
「勉強も頑張って、お店も頑張って。でもね、」
ばあちゃんの言いたい事は分かった。
あんなに頑張っている子に、神は更に試練を与えた。
「また、ひとりになっちまう。だから、最後の日に愛人だと紹介されてホッとしたんだ。」
俺の事だ。
あの愛人という言葉には、きっと常連のばあちゃん達を安心させるための優しい嘘が塗り込めてあったのだ。
病院のおばあちゃんの前で、母親のすみれさんのふりをしたのも、優しい優しい嘘が塗られてあった。
「・・・忍は、どこに住んでいたんですか?」
「店の二階さ。・・・でも、きっと出て行ったんだろうね。」
『テナント募集中』
また振り出しに戻った。
「あの!お母さんやマスターのお墓はどこかご存知ないですか?」
「流石に知らないよ。」
どうしよう。
どうしたら、忍を捕まえる事ができるだろうか。
何が何でも捕まえて、今度こそ抱きしめてあげたかった。
・・・忍は嘘つきだ。
優しい嘘を吐く、嘘つきだった。
胸が痛い。
痛すぎてヒリヒリする。
嘘を重ねるのは、きっと忍の心にヒビを入れてしまう。
忍の笑顔を思い出した。
お腹いっぱいだと笑った忍の顔は、年相応に見えた。
そんな笑顔を増やしてやりたくて、俺は仕方がなかった。
いつ訪れるか分からないおばあちゃんとの別れも、側に居て支えてやりたいと思った。
それに、忍のことを心配して気にかけてくれる人は、自分を含めてきっといっぱいいる。
その事に気付いて欲しかった。
「なあ、あんた。」
「はい。」
目の前のばあちゃんが俺を睨み付けた。
「あんた愛人なんだろ?!シャキッとせんか、シャキッと!」
油だらけのトングを突き付けられた。
「忍ちゃんを不幸にしたら、常連のジジとババが容赦しないからね!」
・・・ほら、忍。
大丈夫、君はひとりじゃない。
同情なのか、友情なのか愛情なのかわからない。
分からないけれど、忍のことが好きだと思った。
生意気な口をきくその態度も、嘘を吐き続ける優しい心も、器用に仕事をこなすその指先でさえ、今となっては愛おしくてならない。
そう、自分は「愛人」なのだ。
何となく恋人の最上位地位が「愛人」だと勝手に感じてきたのは、俺の特別な感情かもしれないけれど、恋人じゃなくて敢えての「愛人」と紹介されたのであれば、その地位にしがみついてみようと思った。
俺はトングを向けられた状態で、にっこりと笑って言った。
「もちろんです。今度は逃がさないように、しっかり捕まえます。」
腹は決まった。
がむしゃらに忍を追いかけようと思った。
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