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チョコが欲しいって、我儘すぎない?!
体は全身筋肉痛で、階段を降りるのも決死の覚悟がいる。
そんなぼくに、あろうことか、買いに行かせるなんて!!
忍はプンプンしていた。
えっちらおっちら外に出ると、清々しい春の陽気が気持ち良くて、大きく息を吸い込むと肺が洗われるような気がした。
・・・陽射しって、こんなに気持ち良かったっけ?
ビルの谷間から見上げる空は、とても狭い。
狭いけど、綺麗な青空が見えた。
・・・パシリはムカつくけど、ちょっと気持ちが落ち着いたかも。
まさか、おばあちゃん達が嘘ついていたとは思っていなかった。
お父さんが良い人だなんて・・・。
21年間刷り込まれた暗い情報を塗り替えることが出来るのか、全然分からない。
ましてや、父親と会うという選択肢は、そもそも無かったのに。
「・・・いまさら、会いなさいって言われても。」
父親の名前も知らない。
お母さんはそもそも籍を入れていなかった。
だから住民票を取り付けても、父親の名前が出てくる事は無かったのだ。
きっと、母子手帳の中に父親の名前があるんだろうと思う。
母子手帳なんて見たことがないから、どこまでの情報が記載されているのか分からない。
分からないけど、手に取るのが怖かった。
だから歩さんがお茶に誘ってくれて、凄くホッとした。
これ以上、手紙も読みたくなかったし、あの部屋に居たくなかった。
・・・やっぱ、逃げだよね。
ぼく、嫌なことからは逃げたい人なんだ。
『逃げるのも、心を守るために必要なことだよ。でも結論は早く出さなくてもいいと思う。いまは、自分が何をしたいのかしたくないのか、じっくり考えるといいよ。』
杉さんの言葉は、重い。
たぶん、杉さんも色んな経験をしてきてるんだと思う。
ぼく、何をしたいのかな。
このお店をしたいんだろうか。
それともお店を辞めて、学業に専念したい?
全てを捨てて、歩さんと一緒に暮らしたいのかな。
・・・結婚、申し込んでくれた。
ぼくも子どもじゃないから、男性同士の結婚がどういうものかは分かるつもりだ。
歩さんの子どもとして養子になり、家族になる。
そのお誘いは、凄く魅力的に感じた。
でも、本当にそれでいいのかな。
ぼくは、何をしたいんだろう。
ふわっと歩さんとふたりでお店に立つイメージが見えた。
「・・・そっか。」
楽しかったんだ。
ふたりで立ったあの日、最終営業日と心に決めたあの日、歩さんとふたりで切り盛りしたあの日が楽しかったんだと気付いた。
でも、歩さんはお仕事をしている。
ふたりでお店に立つなんて、あの日限定の話だ。
ひとりでお店に立つ?
いや、そんなイメージは生まれてこない。
もうひとりは嫌で、考えたくなかった。
強引で、我儘。
大人で、逞しくって、いつも笑わせてくれる。
歩さんのことが好きだ。
絶対言ってあげないけど。
彼には彼の人生がある。
ぼくの人生に巻き込むべきじゃないと思う。
だいたいこれから先、順風満帆に経営できるか保証もないのだ。
相続税だって払えるかも分かんないのに。
ちらりと通帳を思い出した。
12,000,000円。
あれはぼくの名義だった。
どうやって毎月5万円、入れてたのかな。
振り込みなら、振込人の名前が記載される。
でも、そんなの書かれていなかった。
「現金書留?それとも・・・。」
おばあちゃんに手渡し?
謎が多くて、考えないといけないことがたくさんある。
あるけど。
コンビニに入った。
お菓子のコーナーでチョコレートを物色した。
・・・カフェオレには、甘くない濃ゆいチョコレートかな。コーヒーに負けないくらい、香りがたつものが良い。
他に比べて少し高めのチョコレートを選んだ。
あと、口溶けの良い軽めのクッキーもいいよね。
こういうのを選ぶのは楽しい。
業務スーパーに買い出しに行ったら、なかなか帰ってこれない理由も、ひとつひとつ吟味するから。
・・・歩さんに、ホットサンド食べさせてあげたいな。
チーズ買って行こう。
誰かのために何かするという行為が、楽しかった。
なんとなく、ぼく自身が生きている実感が湧くのだ。
明日は仕事に出るかもしれない歩さんを、熱々のホットサンドで送り出してあげたいと思った。
ホットサンドには、濃いめに淹れたコーヒーと、酸味を効かせたドレッシングをかけたレタスサラダかな。
長期的な未来は、まだ考えられないけれど、明日までは考えることができる。
少しずつ気持ちを整理して、店をどうするか考えなきゃ。
忍は決済のためにスマホをポケットから取り出した。
そして、歩がホットサンドを嬉しそうに頬張る姿を想像して、ほんの少し胸が温かくなるのを感じたのだった。
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