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今日も少し早起きをして、綾木の弁当を作った。
互いの家への行き来も慣れ、週末は必ずと言っていいほどどちらかの家に泊まる生活を送っていれば
この先始まる同棲生活もきっと上手く行くだろう…なんて。
母が入院生活を余儀なくされてから、長く一人暮らしをしていたこともあり
はじめは誰かと暮らす事など俺に出来るのかと自問自答していたが、こうして綾木のために何かしてやる事が毎日の楽しみとなった今では、同じ家に越すのが待ち遠しくて仕方ない。
車内にほんのりと香る綾木のフェロモンを大きく吸い込み、つい緩んでしまった頬をパンと一打ち。
今日も綾木の番に相応しい、格好良い俺で頑張ろう。
「おはようございます。」
だが、今日の署内は何処か様子が変だった。
それも、俺の顔を見た途端に皆表情が固まるのだ。
…何かあったのか?
今の俺に秘密など無い。自身がΩである事も、それ故に起きた前の職場での事件も、今は番が居ることも…ここの人間の大多数が知っている事だ。
暫く考えては見たものの、全く答えが出てこない。
特に気にする必要もないだろう。そう思い、自身の席に着いたのも束の間。
「おい、ちょっと小会議室まで来れるか?話がある。」
「……私に、ですか?」
「そうだ。」
まだ出会って日の浅い課長に呼び出されれば、流石の俺も額に滲む冷ややかな汗を抑え込む術は持ち合わせていない。
妙に騒つく署内と、心配そうに俺を見つめる同僚。
この違和感の正体は…何だ。
革靴の音を必要以上に響かせる廊下ですれ違う者もまた、俺を見ては不安そうに眉を下げる。
この空間でまるで俺だけが取り残されたかのような、なんとも居心地の悪い不気味な感覚。
今朝、弁当を受け取って微笑んだ綾木の顔を思い出しながら迫る恐怖に耐えた。
辿り着いた小会議室の前。
扉を開け、入室を促す課長に軽く頭を下げて古い書類の匂いが籠る部屋に足を踏み入れる。
「……あぁ、すまない。随分と怯えさせてしまったようだ。
なに、君を怒るために呼んだわけではないんだよ。」
「……?では一体どういった…。」
「まあ座りなさい。」
強面な課長の、思いの外優しげな口調に
それまでの緊張が少しだけ和らいだ。
だが、この先彼の口から紡がれる言葉に
俺は再び大きな恐怖を味わう事になる。
「……これを見てくれ。」
「これ、は…隣町の署の資料ですか?」
「そうだ。…この事件なんだが。」
課長はクリップで止められた数枚の資料を机上に並べた。
その事件の内容はどれも酷似しており、悪質で、残酷なものだ。
某月某日
被害者は帰宅途中、突然現れたαの男に頬を殴られる。そのまま路地裏に連れ込まれて強姦される。
同月別日
道を尋ねられた被害者が地図を受け取ろうと手を伸ばしたところ、強く腕を引かれて犯人の物と思われる黒いワゴンに連れ込まれ、強制性交。
「同様の被害がこの数ヶ月で多発しているんだ。
所轄外の事であまり大きく採り上げてなかったんだが…つい昨日、同じような事例が君の家のすぐ近くで起きた。」
現場を記す印は、確かに自宅から徒歩数分の場所だった。
昨夜は偶々綾木の家に泊まったが、もし俺が1人で家に帰っていたら……そう思うと、呼吸すら上手く出来ない程の恐怖に駆られる。
だって……だって、この被害者は……全員、っ。
「番持ちのΩばかりが狙われている。」
「………ッ。」
「ホシは20代半ばから30代、男のαって事はわかるんだが…それ以外の情報が無くてな。同一犯と見られているが、なかなか手がかりをつかめないでいる。ただの好奇心か…もしくは番やΩに対する恨みか……どちらにせよ見過ごせない性根の腐った野郎だ。」
番の居ないΩは、その特異体質により他人を誘発してしまう時期がある。
胸くその悪い話だが、今はまだ『仕方ない』で済まされてしまうのが現状だ。
だが、番持ちとなれば全く別問題。
不特定多数を誘惑してしまうフェロモンは抑え込まれ、項を噛んだαのみ嗅ぎ分けることが可能である。
もしも、それ以外の人物と性行為やそれに近しい行為を行おうものなら、酷い拒絶反応に襲われるというのは性判明前の小学生時代から嫌という程習ってきたものだ。
「君の性別を否定している訳では無い。君は強いと、ここにいる皆がわかっている。だが…上司として、同士として、心配せずにはいられないんだ。」
部屋を出る前、課長から2つの選択肢を貰った。
1つは、犯人が確保されるまで自宅待機。
もう1つは、番である綾木に送迎を頼む事。
1つ目は考えるまでも無く却下だ。
ただでさえ人より筋肉の付きにくい身体で、最近までの休職も相まって精神力や体力が落ち込んでいる。このブランクを巻き返すため、必死に働かねばならい。
でも、そんな俺の勝手な我儘で綾木の時間を奪って良いのか?
俺は綾木にとって格好良い番でなくてはいけなくて、彼を導く存在でなくてはいけないんだ…。
「……承知致しました。番にも都合がありますので、相談した後ご報告致します。」
「あぁ。それがいい。」
「では…私は仕事に戻ります。」
綾木に見限られてしまったら
捨てられてしまったら。
彼はそんな薄情な人間ではない
そう思いたいのに、過去のαやβから受けて来た仕打ちの数々が、そうさせてはくれなくて。
恐らく既に事件の内容を知っている同僚に、作り込まれた笑みを向け
指先の震えを押し隠しながら仕事に励んだ。
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