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休憩時間も残り10分を切ったところで、同僚達は各々のデスクに戻る。
俺も後を追って席を立とうとした時、ポケットに入れていたスマホが震えた。通知を見なくても、送り主はわかっている。
この時間なら、向こうも昼休憩だろうか。
『お疲れ様。今日、会社まで迎えに行くよ。』
「え?!嘘だろ、マジか……。」
つい声に出てしまったそれに、前を歩いていた数人が振り返る。
慌てて口を手で押えたものの、1度出してしまった声は無かった事には出来ないもので。
「なんかあったか?」
「……えっと…、さっき話した番…が、今日迎えに来てくれるって…。」
「マジ?じゃー俺らも澄晴の仕事手伝うわ!」
「定時に終わらせようぜ!」
「お、お前らなぁ…顔みたいだけだろそれ…。」
まさか、さっきの今で来碧さんを彼らに紹介出来る機会に恵まれるだなんて思わなかった。
電車通勤が主な俺を、休んでいた頃や非番の日は迎えに来てくれる事もたまにあった訳だが、今日は来碧さんも出勤日だ。
安心しきって上司の頼まれ事を快諾してしまった自分に少しだけ罪悪感を覚える。
『ありがとう!同僚も手伝ってくれるみたいだし定時目指して頑張るよ』
『あと、来碧さんに会ってみたいって言っててさ…少しだけでいいから、話してやってくれない?』
画面を開いたままだったのか、送信と同時に着く既読。
彼がαを良く思っていない事は承知の上での頼み事だった故に、断られるのは覚悟していたのだが──。
『いいよ。俺も紹介してもらえるのは嬉しいし。
綾木さんがこき使われてた奴らの顔拝んでおきたい。
…あ、元な。笑』
冗談交じりに許可を貰ってしまい、今度は俺が焦ってしまう。
「お巡りさん、なんて?」
「い、いいってさ。会っても。」
「ほんとか?!よっしゃお前ら〜!澄晴の奥さん見れるってよ!全力で仕事すっぞ〜!」
「声がデカいんだよ声がっ。
あとまだ籍は入れてないぞ!!」
賑やかな休み時間を終え、残りの数分で急いで空になった弁当箱を洗った。
一度帰る事も出来ないし、だからといって洗い物まで任せてしまう程亭主関白思考でもない。
今日も美味しかった。ご馳走様。そう言って箱をお返しする時の来碧さんの満足気な表情が堪らなく可愛らしいんだ…。
俺は浮かれていた。
彼が突然迎えに来てくれる事の理由も考えず、彼の身に迫る危険にも気づいてあげられないまま。
見事終業時間と同時にキリがついたのは、紛れもなく同僚のお陰だろう。
基本的に呑み込みが早く、潜在能力の長けているαが集まっているだけあって
普通に働くアリ=6割の人間がやる気を出せば何事もスムーズに進むものだ。
通勤鞄を抱えてスマホを開けば、やはり早めに来てくれていた来碧さんからメッセージが届いている。
『今終わった!下行くね』
返信は無くとも既読を確認すれば一安心。
良いのか悪いのかは分かりかねるが、同僚に会わせる事前提で話を進めていた件に対して、拒否もないと言うことは、そう言うことで…良いんだろう。
「今から出るけど…本当についてくるのか?」
「「「もっちろん。」」」
「おぉ…。」
何やら思っていたより人が増えているような気もするが…ま、仕方ないか。
まるで俺と愉快な仲間達とでも名付けられそうな集団がエレベーターを待っていると、すれ違う女性社員から口々に聞こえてくる言葉。
“見た事ない車”
“かっこいいって言うより美人”
“手を振ったら気付いて笑ってくれた”
……間違いない。来碧さんだ。
あの人は何でこう…天然タラシというか…。
番がいる以上、他の人間を誘惑するフェロモンなど無い筈なのに、溢れ出す色気に皆魅了されてしまう。
そんな来碧さんと、どうして俺のような落ちこぼれαが番になれたのかは今考えても全く理解ができない。
自動扉をくぐると、来客用の駐車場に見慣れた一台の白い車が見えた。
何やら後ろで本気でパトカーを探している頭のおかしな奴もいるが、警官のプライベートカーに赤ライトが付いていてたまるかと言ってやりたいものだ。
俺が駆け出すよりも早く気がついていたらしい来碧さんが車を降り、後に続く同僚達へ軽く頭を下げる。
笑顔、綺麗。
姿勢、完璧。
だけど片手には…また煙草。
まったく。もう匂いを隠す必要もないんだし、健康の為にも本数を減らしても良いと思うんだけど。
…まあ、だからといって彼の険しいいばら道を歩んできた過去が消えるわけではないのだから、特にαに囲まれてしまう今日はおのずと数が増えてしまうのも当たり前だな。
「来碧さん、おまたせ!
ご…ごめんね?まさかこんなについて来るとは思わなくて…。」
わらわらと俺と来碧さんの周りに集まる同僚に、彼は一つも嫌な顔を見せる事なく微笑んだ。
「別に謝る事じゃないだろ?
…初めまして。皆さんにお会いできて光栄です。」
俺に向ける少し砕けた口調と、それ以外に向ける丁寧なそれ。
本人は特に気にしていないようだが、そんな小さな事が凄く嬉しい。
別に乱暴な対応を好む訳じゃないが、俺だけが特別だと言ってもらえているようで。
「なぁ…この人が澄晴の番?めちゃくちゃ美人じゃん…。本当にΩかよ?」
「Ωなのにこんな顔整ってる人居るんだな。」
「Ωと思えねえくらい身長も高えし良い車乗ってるし…。」
「はは。ありがとうございます。
お世辞でも嬉しいですよ。」
みんなが、笑っている。
なんでもない光景だ。
俺が大切な恋人を紹介し、恋人もまた挨拶を交わしている。
なのに、どうしてか…全然楽しくない。
多少の嫉妬も混じってはいるのだろうが、そうではなくて
もっと別の所。この世界の、俺が憎んできた一番嫌いな所。
「いや〜全然!お世辞なんかじゃないですって!
本当にΩだなんて言われなきゃ絶対気付かな──」
「なあ。そのさ…Ωなのに、とか辞めろよ。」
「…え?」
盛り上がっていた話を遮った事よりも
驚く皆の視線を浴びた事よりも
辛くて、許し難いものがあった。
「来碧さんは、俺の大事な人だから。
次そういう性差別みたいな発言したら……俺、怒るよ。」
一番苦しかったのは、来碧さんが笑っていた事だ。
どうしてムカつかないんだろう。
隠していたのなら、気を遣わせてしまった俺の責任だ。でも、そうでないのなら…来碧さんは自己肯定感が低すぎるよ。
もっと抗っていいんだよ。
あなたは他人に蔑まれるような人じゃない。
あなたの努力を何も知らない奴らに、見下されて良いわけがない。
「綾木さん。気にしすぎ。
そんな事でいちいち怒るんじゃねえよ。」
「だって…っ!」
俺の肩に手を置いた来碧さんは、片方の眉を下げて呆れたように笑った。
俺は、笑顔を返す事が出来なかった。
「すみません。ではそろそろ私達は失礼しますね。
今後とも綾木をよろしくお願いします。」
「あ…はい、こちらこそ…。」
俺のせいで悪くした空気を、最悪の状況から脱却させてくれた来碧さんの顔も見れないまま
押し込まれるように助手席に乗せられ、会社を出た。
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