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妙に目が冴えて、なかなか眠れない。
家の外から聞こえる音一つ一つが、身体を震わせた。
綾木が隣に居るのに、だ。
風呂に入るとき、トイレに行くとき、何度も玄関まで鍵が閉まっていることを確認しに行った。
綾木を信用していない訳じゃない。
むしろ、俺の身の危険を何度も救ってくれた彼だからこそ、こうしてそばに居てもらっているんだ。
それなのに…なんて、情けないんだろう。俺は。
“番持ちのΩばかりが…”
“君の家のすぐ近くで…”
もし、犯行が1日前だったら
もし、犯人と出会したのが自分なら
そう思わずにはいられない。
あれから事件についてネットで調べてみたものの、やはり社会的地位の低いΩを標的にしたその犯行は
ローカルネットニュースにもなってはいなかった。
これが例えば国を代表する政治家の番であったなら、夕方のニュース番組くらいでは題材にされるのかもしれないが…
まあ、そういった類のαは父のように複数番を結んでいて、沢山の中の一人が被害にあったとて気にも留めないだろうな。
この世界は何処までも不平等だ。
俺も、綾木も、害者も犯人も、皆同じ人間なのに。
格差社会を嫌というほど痛感してきた中で、こうしてまた性別を理由に、報われない人がいる事を知る。
被害にあった人々は、大丈夫なのだろうか。
番のαは、綾木のように一人のΩを大切にしてくれる相手だっただろうか。
番関係を結んでおきながら他のαに望まない形で犯された事で…捨てられてはいないだろうか。
事情をわかって抱き締めてやれるαは、この世界にどのくらいいるだろうか。
思い出すのは、孤独に苦しみ不安定な情緒と闘いながら痩せ細っていく母の姿。
もう誰にもあんな思いはさせたくないと思って警察になったのに、自身に危険が迫っている事を知った途端この有様だ。
誰かの為に何かをしてやれるほど、俺は強く無いのかもしれない。
結局綾木には話せなかった。
突然迎えに行くなんて言ったり、そのまま泊まっていくだなんて
彼にとっては迷惑な話だっただろうに、何一つ文句も言わず受け入れてくれて。
そんな綾木だから、たとえ正直に事の経緯を説明しても勿論協力してくれるだろう。
でも、だから、綾木に迷惑をかけたくない。
いや、迷惑をかけて、わがままを言って、綾木を困らせたく無いんだ。
捨てられるのが怖い。
小さい頃から甘えなんて許されなかった。人に虐げられるのは当たり前で、その分実力で、結果で勝負してきた。
一人で生きていく事も、平気なふりをすることももう癖になってしまって
たまに見せる綾木の心配そうな顔に気がついていなかったわけではない。だが、それに簡単に縋ってしまうのは今までの自分の努力が全て水の泡になる気がしたんだ。
綾木は優しい。
けれど、初めて会った日に我慢に我慢を重ね、ストレスを溜め込む性格である事も知った。
俺に対する不満も、きっと綾木は笑顔で我慢する。
もしかしたら既に我慢させているかも……。
そんな俺が、更に身勝手なことを言い出したら…。
離れてほしくない。
嫌われたくない。
……頼れない。
背中を向ける形で横になる俺を、そっと包み込むように腕を回す綾木は
すよすよと寝息を立てて気持ちよさそうだ。
綾木も俺も性行為自体にあまり執着がなく、こうしてただ同じベッドで寄り添って眠る夜は珍しくない。
この温度が好き。
吐息のかかる距離が好き。
香りが好き。
鼓動が好き。
未だに慣れない緊張感も、それ以上の安心感も
全部、好き。
貴方を失いたく無いんだ。
ごめんね。
明日から格好良い俺で、頑張るから。
今だけ心の弱い俺を、どうか許して。
お願いだから、この感情は伝わらないで。
ようやく意識を手放したのは
深い、深い真夜中だった。
そして──
「ちょ…本気で仕事行く気か?午前中だけでも休み出して病院に──」
「だ……大丈…夫。来碧さ、も…送らなきゃ……だし…。」
「いやいや普通に怖いわ。せめて俺に送らせろ。」
「うっ……申し訳、ありませ…。」
朝から謎の腹痛に襲われた綾木はまっすぐ歩く事も不可能で、腹を押さえながら歯を磨いている。
まあ…俺が送ろうが綾木が送ろうが
要は一人で外を歩くなって意味だろうしな。
綾木と一緒に家を出れば、車を降りるのは署の敷地内だし問題無いだろ。
それより本当にコイツ大丈夫なのか。
休んだら間に合わないなんてブツブツ言いながら唸る綾木を支え、なんとか車に乗せた。
本音を言うと病院に直行してやりたいのだが、本人曰く「数年前に処方された薬を飲んだからすぐに良くなる。逆に病院で怒られそうだから行きたくない」そうで、仕方なく綾木の職場に向かい車を走らせる。
途中、冬に購入したまま放置していたものの存在を思い出して後部座席を覗いた。
…よし、まだあるな。
期限切れの薬でも、飲まないよりはマシだったらしく
寝起きより少し顔色の回復した綾木を見送る間際
「綾木さん。コレやるよ。」
「え?なに…カイロ?」
「そう。貼るタイプな。
お腹、貼っとけよ。冷えるよりは温めたほうがいいだろ。」
そう言って押し付けたカイロを、綾木はまるで宝物に触れるように瞳を輝かせ両手で受け取る。
思わず笑みが溢れ、このひと時だけは自分の置かれた立場を忘れる事が出来た。
「ありがとう!これで絶対に良くなるよ。
…来碧さん、今日も仕事頑張ってね。」
「あぁ。お互い頑張ろう。」
若干前傾姿勢になりつつも、しっかり足を前に進める綾木に励まされたのは本当だ。
俺も、いつまでも不安だの怖いだの言ってはいられない。
少しでも被害を抑える為、一刻も早く犯人の手がかりを掴まなければ。
昨夜の弱い自分は、火をつけた煙草の煙に巻いて隠した。
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