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「昨日の件だが──」
「それでしたら、大丈夫です。暫くは私が迎えに行く形で同乗してくれるそうですから。」
「そうか…それならいいが。」
「ええ。心配には及びません。」
“嘘つきクン”
そう呼ばれていた過去がチクリと胸を刺す。
俺を思っての案に対し、すらすらと口から出てくる嘘は警察官を簡単に騙せるほど巧妙だった。
俺が送迎すると言ってしまえば彼らに確かめる事は出来ない。
プライベートの時間すら監視されるようならば、プライバシーの侵害だと訴えるまでの覚悟で臨んだ。
ここで足踏みしているわけには行かない。
俺は強い。今までだって、一人で生きてこれただろう。
──出社後直ぐに交わされたこの会話以降、俺にその話題を持ちかける者はいなかった。
必要以上の心配をされるのは癪だし、自身がハタから見て弱い立場に置かれている事を認めたくない俺としては、その方が助かるから丁度良い。
何事も無く、怖いくらい平和な1日を終えて車に乗り込めば
仕事終わりにホッと息を吐く暇も無いまま今度は身の危険に震える。
今日も…例の犯人の捜査につながる有益な情報は全くだったな。
悔しい話だ。
今俺がこうして帰路に着いている間にも、愛したαと番ったΩが被害に遭っているかもしれない、なんて。
Ωにとって、番を結ぶというのは
それまでに遭遇してきたあらゆる身の危険から解放される、人生で一番と言っても過言ではない大きな一歩だ。
ようやく安心出来る環境になったにも関わらず、その生活すらも壊されかねないこの件は、一警察官としても、一Ωとしても到底許す事など出来ない重大な事件。
きっと塞ぎ込んでいるだろう。
きっと酷い拒絶反応の影響で心身にも異常をきたしているだろう。
外に出る度に、恐怖で足が竦むに違いない。
握るハンドルに、グッと力がこもる。
と、その時だった。
胸ポケットのスマホが細かい振動とともに軽快なメロディを流す。
この時間に綾木から電話が来る事はないし…となると。
「はい。もしもし。」
ハンズフリーに切り替え、予想通りの署からの着信に応えた。
『あ、来碧くん悪いね。君のデスクに財布が置きっぱなしになっていたから連絡したんだが…もう出ていたかね?』
「え?…すみません。うっかりしていました。
直ぐに取りに戻りますので、引き出しの中にでも入れておいてもらえませんか。」
『わかったよ。それじゃあ。』
「はい。失礼します…。」
はぁ…最悪だ。
よりによって財布を忘れてくるだなんて情けない…。
努めて冷静さを保っている筈だったが、どうにも頭の中はそうではいられなかったらしい。
仕方なく、引き返そうと近くのコンビニに車を停めた。
……この辺り、何処もUターンは禁止だったよな。
この道もずっと中央分離帯が立っているから右折は無理だし…。
わざわざ脇道を通って回るより、直ぐそこの距離なら歩いたほうが早い。
…少しの間ここに車を置かせてもらおうか。
全く怖くなかった訳ではない。
むしろ手のひらからじわりと滲む汗は、俺の心情を顕著に表している。
だが、いくら何でも目と鼻の先に警察署のあるこんな開けた道で犯行に及ぶアホは居ないだろうと安心している部分もあったのは事実。
別に財布が一日無くたって、どうという事はない。
ただ、例えば最近発売したチョコ菓子を綾木に買って行ってやろうか、とか
例えば今日も綾木を迎えに行って、帰りに酒でも一緒に買おうか、とか
そんな呑気な考えが、誤算だった。
時間を確認し、綾木の仕事の終業時間を過ぎている事に気がつくと
慌てて車を降りる。
そう何日も定時上がりが続く事は無いとは思うが、最近は例の同僚と上手くやっているようだから。
迎えに行きたいなんて言う勇気はそうそう出せるものじゃない。それならせめて、
「ついでに乗って行かないか」くらいの事を言いたくて。
綾木がそれなりに雑用を強いられて残業してくれる事を願うばかりだ。
……コンビニの敷地から外れ、ほんの10歩程度走った時の事だった。
「ちょっとちょっとー、お兄さん待ってよ。」
何者かが、俺の腕を背後から掴み上げた。
その男に見覚えはなく、人違いか何かかと疑ったが
彼の身体付きや力の強さから性別を悟った途端、背筋がピシャリと凍りつく。
──番持ちのΩばかりを狙う犯行。
──犯人の特徴は20代半ばから30代のα男性。
男の視線は、俺の頸に向けられていた。
「な…っ、お前まさ、ぁ……ッ!!?」
酷い頭痛。
思い出したくない、封じ込めていた過去の記憶がざわめき出す。
血液の煮えたぎる感覚と
掴まれた腕から全身に広がる悪寒とがごちゃ混ぜになって込み上げる吐き気。
見覚えがない?
嘘だ。
その男の記憶は確かにあった。
あの時より身長は伸びているし
顔にはいくつかピアスが開けられている。
髪の色も、長さも変わった。
服だって。
…それでも、俺にはわかってしまった。
この人物の正体が。
「…あ?兄ちゃんもしかして……あの時のガキか?」
「カヒュッ……。」
声も出せない恐怖とはこの事だ。
男は恐らく、この周辺で多くのΩに癒えない傷を負わせた真犯人。
そして
「久しぶりだなぁ。会いたかったぜぇ…?
俺の運命のΩよォ。」
あの時、俺を犯した3人のうちの1人。
俺と本能で惹かれ合う
運命のα。
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