アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
side.r
-
こうなる事はわかっていたと言わんばかりに
鼻で笑うその男が
遂に抵抗を辞めた俺の腕を引き、物陰へと歩き出したその時だった。
「あら〜〜!!そこのお二人、そんな所で隠れてなァんにするツ・モ・リぃ?
アタシも混ぜてくださらなァ〜い??」
「はぁ?…んだテメェ!」
「やっだ!血の気が多い男ねェ…アタシ、そういう子大好きなのよぉ〜!」
先程のコンビニ方向から、内股で手を振りながら駆けてきたのは
見覚えのある男。
今朝も顔を合わせ、体調不良を訴え顔を真っ青に染め上げていた人物だった。
「んふふ…アナタ、近くで見ると更にイイ男♡
鍛えられた腕も、お口のピアスもよく似合ってるわ。」
「おい!ンなんだお前!気持ちわりぃんだよ!」
「アッハハ!やだわ随分お口が悪いじゃなァい
……と、そこに居るのはΩかしら?しかも噛み跡!なぁんだ、番が居るのね。」
赤の他人を装う彼の姿に、幾つもの疑問が浮かび上がるが
この状況下でのそれはありがたい。
この男の目当てが俺だとするならば
標的が番に変わる可能性も大いにあり得る。
俺を他のどんな匂いよりも安心させてくれる番のそれのお陰だろうか。
身体は多少楽になり、危うく消えかけた理性だけは取り戻す事が出来た。
綾木は男から俺を引き剥がすと
横目で左手に植え込みがある事を確認し、乱暴に突き飛ばす。
“ごめん、痛いかも”
俺にしか聞こえない、小さな小さな声でそう呟く顔つきは、いつもの弱気な彼によく似ていた。
そう。
似ていただけ。
同じだと言えないのは
その瞳の奥が、これまでに見た事もない程怒りの感情に支配されていたからだ。
吐瀉物で汚れた手のひらを慌てて地面につけば、小さな石がめり込んで少し痛む。
しかし、そんな事は今どうでも良くて
ただ目の前の、今にも噴火しそうな怒気を露わにする綾木の背中を見上げた。
「こんなΩどうだっていいじゃない。アタシともっと…イイ事しましょ?ずぅっと興味あったのよね〜、アタシと同じαとのセックス。」
「なっ……ざっけんじゃねえ!!」
男の振りかざした拳が
笑顔を崩さない綾木の頬に命中する。
恐らく…いや、絶対に殴られ慣れてはいないであろう綾木は、αの中でも更にガタイの良いその男の繰り出した強烈なパンチに簡単に吹っ飛ばされて。
地面に叩きつけられ、唸り声を上げた時には
つい名を呼んで駆け寄ろうとした。
だが
「大丈夫。俺が気逸らしてるうちに
お巡りさん、誰か呼べる?」
「…ッ。」
唇の端が切れ、血を滲ませながらも
笑みを絶やさず言われてしまえば
俺は、それに従うしかない。
「あぁん!結構力強いのねぇ…もう、更に気に入っちゃったじゃなァい?」
「…は?わ、笑ってやがる……イかれてんのかよ…。」
男の背後に回った綾木は、おもむろに放られていた自身の通勤鞄を掴むと
男の尻の辺りにそれを押し当てる。
「テメ…勃ってやがんのか……勘弁しろって…なあッ!」
「うっふふ、アナタに2つの選択肢をあげるわ。
今からココでアタシに掘られるか、そこの警察署に出頭するか…どっちがいーい?」
もはや冷静さを欠いた男は
それが単なる鞄の角だという事にも気がついていないようだった。
「ど…どっちも嫌にっ!決まってんだろうが!!」
「がはっ…あ゛ぁー……ふふ、おかしいわねぇさっきよりも力弱まったんじゃないのぉ?」
「キメぇんだよ!!なんで離れねえんだよ!!」
暴れ狂う、自分より背の高いその男を
とぼけた声のまま、度々肘が腹にめり込みながらも、決して離そうとはしなくて。
血を吐いても、靴が脱げても、スラックスが靴の跡で真っ白に汚れても
ほんの一瞬も怖気付く顔を見せない綾木には
もう、出会った頃のような弱さなど何処にも存在していなかった。
──真っ赤な灯りがクルクルと回り、サイレンが鳴り響く。
綾木が必死に捕らえていた男は手錠をかけられ、聞き慣れたその音と共に去った。
「……お前オカマだったのかよ。」
「最初にそれ?
…ははは。後で教えてあげるね。」
植え込みに横になったまま
ボロボロの身体でようやく
綾木はよく知るいつもの笑顔になる。
「なあ…なんで、ここに居たんだよ。」
「来碧さんに会いたくなっちゃって。」
「…そっか。
危険な目に合わせて悪かった。」
「全然平気だよ。俺の方こそ、ごめん。」
「…は?」
どうして綾木が謝るんだ?
そう問いかけようと目を向ければ
こちらに伸びてきた長い腕に包み込まれた。
ゲロまみれの俺を、何のためらいも無く抱きしめられるこいつは
やっぱり少しおかしいんじゃないか。
落ち着いた拍子に気が抜けたようで
弱々しく涙で顔を濡らしながら、それを拭える筈の手は俺の頭を優しく撫でて。
俺のような人間を…身体を張って助けたりして……っ
傷だらけになって、泣いて…
おかしいよ。
お前本当、バカだよ。
「辛い思いさせてごめん。
一人で苦しませて…ごめん。怖かったよね、遅くなってごめんね。」
「そんな事――」
「でも、生きていてくれてよかった。」
独りに慣れていくうちに
人前なんかで絶対に泣いてやるもんか…とか
妙な意地を張って強がっていたくせに
相手が綾木になると、どうも上手くいかない。
タガが外れたように溢れ出す涙を綾木の指に掬われながら
自分の性別を知ってから初めて
声を出して泣いた。
「ごゎかっ……あぁ…っ、気持ちわ、ぐて…死んだほぉが……よがったッかも、て……っう、ひうぅ……っ。」
綾木は、俺の日本語にもなり切れない滅茶苦茶な言葉を
ずっと、ずっと頷きながら聞いてくれた。
もう大丈夫だから
もう怖くないから、と
どんなオルゴールよりも温かな声色で囁きながら。
二人して泣いておきながら、口角は上がるちぐはぐな表情。
拭う涙はいつだって、自分じゃなく相手のものだ。
生まれて来なければ、死んでしまえばなんて嘘だ。
出口の見えない迷宮で
もがいて、あがいて、這いつくばって、それでも生きてきたから
こうして貴方に出会えた。
これまでに味わってきた苦痛が全て、いつの日か貴方と結ばれる為に課された試練だったというのなら
俺は、それさえも幸せだと思える。
綾木に抱く感情は、日を追うごとに大きくなり
この今だって、言葉ではとても言い尽くせない程の愛おしさが込み上げて
抱きしめた腕を離せない。
「…来碧さん、一緒に帰ろう?」
「……うん。」
明日は多分、上司からの説教や状況説明に追われて息をつく暇も無いだろうから
今日は、綾木とテレビでも見ながら横になって
そのぬくもりを肌で感じられる距離で
ゆっくり眠ろう。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 22