アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
side.r
-
男は頬を赤く染め、いつか灰皿の淵に擦り付けたそれを
もう一本箱から取り出した。
つられるように俺も箱を手に取るが、軽々しい音を立てるそれの中にはもうあと1本しか入っていない。
……帰り、コンビニ寄らないとな。
肺全体に煙を行き渡らせるよう、限界まで吸い込んで
ゴーゴーと勢いよく周る換気扇めがけて一思いに吐きつけた。
「あえて…悪意を込めて言わせていただきますが
生まれながらにしてそれなりの生活や幸せを約束された貴方が、どうして母のようなΩに手を差し伸べるのですか?」
番を結んだ母相手では、いくら恋人関係にあったとしても
キスの一つも、セックスだって出来ない。
手を繋げても、頭を撫でられても、そこまでだ。
抱きしめ合う事すら叶わない。
相手が例え運命のαだろうと、番を持つ俺の身には想像を絶する苦痛が襲い掛かったのだ。
この男とあのドクズとで関係性は大きく違えど、身体に及ぼす反応はたいして変わらないだろう。
そこまでして母の身を犠牲にする気はさらさら無いが
目の前ではにかむこの男が、それ以上を望まない筈がない事もわかっている。
歳が違っても、同じ男なんだから。
「僕は…このままでもいいと思ってるんだ。
勿論、全く欲がないと言えば嘘になってしまうんだけど…。
でもね、彼女が苦しみ続ける様はもう見たくない。」
男は、先程まで見せていた表情が嘘のように眉間にしわを寄せると
ポケットから取り出したスマホを素早く操作し、
開いた画面をこちらへと向けた。
メールの受信画面だろうか。
堅苦しい敬語でのあいさつを始めるそれに、差出人が彼と親しい仲ではない事は察しが付くが――。
「これ、は…っ。」
「……彼で間違いないんだね。」
本文に目を通していくと、とある人物の名が記されていた。
その人物の現住所や職業、よく行く店までもが
しっかりと顔の判別も出来る画像と共に。
「どうして…父を?」
「念には念を、だよ。
実は退院してすぐ、探偵に依頼をしていてね。
……予め君から了承を得た上で、彼女が切り出してきた時にはすぐ行動に起こせるようにしておこうと思って。彼女が番を解消したいと、言って来たときの為に。」
番の、解消…。
あまり流通していないながらも、確かに母のように捨てられたΩを救う事が出来る手段だ。
強制的に番にされるΩも少なくないこの世の中で
そこまで事例が無い事には理由がある。
ひとつ、人権すら与えられないΩ自身の諦め
ふたつ、逸脱した治療費。
大抵のΩが二つ目を理由に解消を断念する。
まともな精神状態の維持すら出来ない状況下では働くこともままならず
纏まった金を用意するなんてまず不可能だからだ。
どれだけ心身の不調を訴えようと、
自己責任だと罵られ保険適用外になる現実。
その上もう二度と番関係を結べないとなれば、再び永久的に訪れる発情期と戦わなくてはならない。
今度ばかりは、終わりなど無い。
死ぬ間際まで、ずっと、ずっと。
だからこそ、αに惚れ込んだΩは1mm以下の希望に縋る事しか出来ないのだ。
もしかしたら…きっといつかは、自分の元へ帰ってきてくれるかもしれないと。
そんな夢のような話、あるわけがないのに。
「君のお母さんが何も言わないのなら、僕はこの先何年…何十年だろうと
彼女の傍で心を癒し続けてあげたいと思う。僕から何か言うつもりは無いからね。
ただ、もし君のお母さんが決断したその時には……許してもらえないだろうか。」
上手い言葉は見つからず、吸い込んだ煙を吐き出す中
こくんと一度きり頷いた。
何度も考えては、自分自身で精一杯の俺に何が出来るんだと打ち消した答え。
澄晴という番を見つけ、ようやく余裕が出来た時振り掛かった惨事。
自分の力だけではどうしてやれる事も出来ず、ただ彼女の強さだけを頼りにしてきた数年間、
己の無力さに何度地面へ拳を打ち付けて来ただろう。
…頼って、いいだろうか。
この男に、懸けても良いのだろうか。
その時、ふと思い出したのは
幼い頃、まだよく笑ってくれた母が俺の手を引いて散歩に出かけた遠い記憶。
また…あの日のように笑ってくれるなら。
「……頼みます。
どうか母を…っ、お願いします…。」
頭を上げれば、そこには安心しきった様子で
元の爽やかに微笑む彼がいた。
強い意志を持った、輝く瞳だ。
彼になら任せても大丈夫だと
出会って間もない俺でも確信出来る、そんな。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
18 / 22