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きちんと仕立て上げた燕尾服の腹部が涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れるのも厭わず、ずっと優しく抱擁し続けてくれた。自身もはらはらと涙を零しながら、柔らかな手つきで背を撫でるのを繰り返し、辛抱強く話しかけてくれた。
悲しい時はいっぱい泣きましょう。大丈夫ですよ、奥様はずっと紅貴様の傍にいらっしゃいます。私ももちろん、お供いたします。何も怖くなんかありません。大丈夫ですよ。
至近距離だったからか。小さな主は、執事のふわりとした匂いを感じ取った。清潔感溢れる石鹸とミルクとちょっぴり蜂蜜を垂らしたような、少し甘い匂い。匂いに抱かれて、紅貴は気が済むまで泣いた。
あの時の漆がいなければ、今の小さな主はいなかっただろう。…それから。否、ずっと前から。紅貴は、自分に使える執事に惹かれていた。
ぼうっと考えていると、漆の繊細な指が小さな主の顎にかかった。くいっと顎を上げられたかと思うと、こつんと小さな衝撃がきて、前を見ると…主と執事の額同士がくっついていた。
…ふわりと鼻先を掠める、石鹸とミルクと少しの蜂蜜を垂らした匂い。
「うわぁッ!??」
特別に思っている存在と急接近し、それまで胡坐をかいていた紅貴はびっくりして背中からベッドに転がった。
「あはは。…紅貴様、お熱はありませんね。妙に大人しいのでご病気かと思いましたが、変わりはないようで安心しました。」
「う、うる…っ!!お前な…っ!!」
まだ心臓がバクバクいっている紅貴に対し、背を向けて高笑いをしつつ、いつ何時も決して動じない執事は部屋の外へと去っていった。
「…っくそぉ。アイツ…。」
枕に二、三度片拳を振り下ろして、紅貴はふっと表情を緩める。
「…案外、睫毛長かった。」
紅貴は自分の頬にじわじわと熱が集まっていくのがわかった。
日めくりカレンダーはパラパラと捲られていく。時が過ぎるのは早いもので、あっという間に十一月の下旬になった。
半袖が仕舞いこまれ、上着が出回るようになり、やがて長袖と暖かめの上着がお出かけの際の必須アイテムになっていく。
その日も紅貴は、濃いブラウンのロングコートにワインレッドのセーター、黒いズボンという格好で学校から迎えの黒いリムジンに乗り込んだ。無論、隣には一足早く高校から帰宅してきた燕尾服姿の漆がいる。
車窓から見える景色も一層秋めいてきた。あちらこちらで悪戯な木枯らしが吹き、地面に続いていた枯れ葉を巻き上げる。…ほんの少し前まで、秋の訪れを予感させるキンモクセイの香りが漂っていたが、今は全く匂いがしない。
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