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少ししてから、何とかことなきを得た車が走り出す。深呼吸の音が聞こえてから、漆が答えだす。
「私は執事です。…紅貴様の身の回りのお世話がお仕事ですから。色恋に現を抜かしている暇なんてありませんよ。」
「…つ、付き合っている人とか、いないのか??」
「…いませんよ。」
車内に気まずい沈黙が流れた。不審に思った執事が、違う話題を振ろうとした直後。
「…ならさ。」
今にも消え入りそうな声で、主人は執事に問いかける。
「…今年の夏休みは、オレとお前で旅行でも行かねぇ??ほら、βの男同士、仲良くさ。」
ややしてから、執事は前方を向いたまま答える。
「…了承しかねます。」
「…なんでだよ。」
俯きがちになって歯を食いしばってぽつりと訊く紅貴は、まるで迷子になった子供そっくりに不安そうだった。
「15歳の…八月の誕生日を迎えた後はですけど。15歳の夏休みは一回きりですよ、紅貴様。いつも一緒の私とご旅行に向かってもつまらないでしょう。そういうのは、御友人と行くべきです。」
でも、と言い募る紅貴に執事は冷静に応じる。
「それに…。…そういうのは、あなたが結婚してからでも遅くはないでしょう。いいじゃないですか。私もその内結婚して、相手と気まずくなったら息抜きに男二人で旅行。…燈様は何か条件をつけないと、許してくれそうにはありませんが。」
そういうんじゃなくて、という紅貴の呟きは空に消え行く。紅貴はぐしゃりと顔を歪ませると、運転席側の席に額をこつんとくっつけて、観念したように低く唸る。
「…それじゃ、遅いんだよ…っ」
「??」
漆は隙なくバックミラーに視線を注ぐ。
「…紅貴様、今何か言いました??」
紅貴はシートに寝っ転がって、目を閉じ、痛みを我慢するかの如く答えた。
「…別に。」
夏休みに入った二人は、必然的に屋敷で過ごす時間が長くなっていった。残りの七月が駆け抜けるかの如く過ぎていき、すぐさま八月が来る。
八月上旬の暑い午後の日。紅貴は空調の効いた部屋で、一人黙々と勉強机に向かっていた。
ベッド脇の窓には、庭の木だろう。瑞々しい緑がそよ風に靡いて、微かな葉擦れの音を奏でる。木の葉と風の音をかき消すように鳴り響いてくるのは、蝉の大合唱だ。アブラゼミやらツクツクボウシ、色んな種類の蝉の声が聞こえてくる。…部屋はひんやりとしているものの、BGMのようにうっすら聞こえてくる蝉の声のおかげで、紅貴は今が灼熱の夏だと一時も忘れられずにいた。
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