アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
21
-
「いった…。」
不意に、紅貴は右手に握っていたシャーペンシルを手放した。…長時間、よほど強く握っていたのか。手のひらには赤い痕がついている。紅貴は手のひらの痕を苦々しげに眺めてから、再び筆をとろうとした。矢先だった。部屋の扉がノックされる。紅貴は背筋を正して、声をあげた。
「…どうぞ。」
「失礼いたします。」
丁寧に一礼して現れたのは、トレイを手にした漆だ。トレイの上には、氷がいっぱい入ったグラスになみなみ注がれた麦茶と皿に盛りつけられたドーナッツがある。
執事は紅貴の勉強机の端、邪魔にならない場所にトレイを置くと細い声で説明した。
「差し入れです。…そろそろ休憩時間になさってはいかがでしょう。」
紅貴は一瞬だけ瞳を輝かせたが、すぐにいや、と顔を左右に振った。
「…まだだ。まだ目標にしたページまで、問題集を解けていないんだ。だから…。」
「あまりこんをつめては、お体に毒です。」
「わかっている。」
苛立ちを隠せないように答えた紅貴に、執事は少しだけ眉根を寄せた。
「…そうやって勉学に打ち込むようになったのは、確か小学校六年の夏でしたよね。もしかして、あなたは…。」
「詮索が執事の仕事じゃないだろう。」
主人に窘められ、執事は一歩退くと頭を下げた。
「…さしでがましい真似をいたしました。」
「いや、いいんだ。」
自分を戒めるかの如く呟くと、紅貴はふーっと長めの息をつく。
「…お前の指摘は正しいんだ。オレは、親父にβだと告げられてから変わろうと思った。」
紅貴の脳裏を過ぎるのは、あの日、当主の部屋から出る際、燈に言われた不気味な予言めいたセリフだった。
『紅貴…。お前はαの家系に生まれた忌み子だ。私のいう通りにしなければ、お前は近い将来、谷ヶ崎の家を壊す人間となるだろう。』
αの家系に生まれたβ…。父親に次期当主としてふさわしくない子供だと決めつけられた紅貴は、翌日から勉強に精を出すようになった。当主の器でないのなら、努力で補えばいいと考えたのだ。成長すれば、父親もいずれ紅貴を頼らずにはいられなくなるほど賢くなれば。
紅貴は小学六年の夏から今まで、試験で首席を逃した日はなかった。参考書のページ端が捲れるほど何度も問題を解き、ペンのタコが手にできるほど筆を握り続けた。
_
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
21 / 120