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映画が照明代わりになって、青年の精悍な顔立ちを照らしていた。何年経っても変わらないあどけない寝顔に、執事の目元が綻ぶ。
「…紅貴。」
執事が名前を呼ぶと、眠っているはずの紅貴は少しだけ反応して、億劫そうにではあるものの顔をそちらに向ける。執事は自身の手元を見遣る。隣同士の肘掛け。従者の右手と主人の左手が並んでいる。執事は一瞬躊躇ってから、冷たく無機質な肘掛けから手を放し、主人の左腕にその手を重ねた。上の手が下の手をやんわりと握りしめる。…まるで、手全体で抱きしめるかの如く。
椅子がぎぃっと小さな声を立てた。執事は上半身を右に傾け、主人の左肩に自分の頭を乗っける。
「…。」
執事は黙って、目を閉じる。口元に深い深い笑みを刻んだまま。
眠っている主人には、決して目覚める様子はない。
会場いっぱいに流れる大迫力の音楽も、大画面に次々と流れる文字も、闇の帳の閉ざされた中で起きた小さな情事を知っているのは、主従が腰かける二席くらいなものだろう。
数え切れないほどの音や声が飛び交い、大勢の人がいる中、執事は一時だけ主人を独占する。視界を閉じて相手の温もりを味わう。耳を研ぎ澄ませて、よりかかる相手の微かな吐息を聞く。刹那…まるで、世界に二人しかいないように感じられた。
時間にしてみれば、三分くらいなものだろうか。執事は名残惜しそうに頭を起こすと、そろりと恥じるように主人の左腕から右手を握る力を緩め、自身の膝上まで持っていく…。
笑みを消した執事の横顔は、何を考えているか読めないポーカーフェイスそのものだ。けれども、気のせいだろうか。静かに伏せられた瞳が、少々物悲しく見えたのは…。
紅貴が目覚めたのは、上映が終わり、会場が明るくなった際だった。…上映終了のアナウンスを聞きながら、寝ぼけ眼を擦って、自分の席で大きく伸びをする。
「う~ん…。よく寝た、よく寝た…っ!!」
「よく寝た、じゃないでしょう。」
隣席の執事は呆れた目で主人を見遣った。
「…上映中に寝たら内容がわからないから、予習のためにここに来たんではないんですか。」
「あ~…。まあ、そうだな。」
まだ覚醒に程遠い頭に手をやって数秒後。主人はカッと目を見開く。
「映画はなしだ!!」
執事は顔を大仰に顰めてみせる。
「まあ、よくぞそこまで減らず口が叩けますね。」
「開き直ったと言え!!」
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