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衣笠は熟練のメイドだ。手際がいい。機転もきく。ただし、たまにキズなところがあった。…おしゃべりが長いのである。
「…というわけで、近頃の漆君は何か変なんですよね~。朝は一応、メイドの仕事…お部屋のお掃除だとかお洗濯なんかをさせているんですが、どこかボーッとしていて。夜はフラフラとどこかに行ってしまうし…。漆君のお父さんも心配なさっているようなんですが、それが父親や私達使用人仲間が訊いても、曖昧にはぐらかされてしまって~…。」
今日も慌ただしく自室で紅貴にスーツを着せながら、メイドは口も同様に機敏に動かしていく。
「…。」
衣笠だって自分が執事代行に任命された理由を知らないわけではないだろうに、次から次へと漆の情報を持ってくる。いい加減やめろ、と言うべきか、と悶々としていると、唐突に肩を叩かれた。
「…よっし!!完成です!!」
「…。」
えへん、と胸を張る衣笠に紅貴は押し黙る。…いつもこうしてタイミングを逸し、また次の時に漆話を延々と聞かされているような気がした。
そんな釈然としない主人の背中を執事代行メイドはどんと大きく叩いてみせた。…危うく噎せるところだった、くらいの馬鹿力で。
「さぁ、行きましょう、坊ちゃま!!紗千香様がお待ちですよ!!」
「ああ…。」
顔を上げ、深呼吸を一つする。…それから、そっと目を伏せる。大丈夫だ。婚約は屋敷の前で行われる。庭師がこのために、花の咲き誇るアーチだとか、新品の白いテラステーブルを用意してくれた。そこに源漆はいない。立ち会うのは、雇っている両家のボディーガードと遠瀬院家の執事黒岩、執事代行の衣笠だけだ。デート中の騒動もあって、両家共に人数を最低限に減らすという名目で決まったのだ。元専属の執事は、今日も屋敷の中で黙々と働いていることだろう。
だから、問題はない。紅貴はぐっと手を両拳にしつつ、自室を後にする。紅貴の部屋前の長い廊下、衣笠が前を歩き、後ろを紅貴が進んでいく。
ふと顔を上げると、前方にどこか胡乱な瞳をした漆が屋敷の窓に向き合うようにして佇んでいた。足元にはバケツがあり、燕尾服姿の漆は雑巾らしき布を持ち、ガラスを拭いている。…どうやら、窓拭きをしているらしい。
一瞬だった。二人の視線が絡み合う。ややして、漆の口角がニッと持ち上がった。担当を外されたにも関わらず漆は晴れやかな笑みで、元主人に一礼する。
「…おはようございます。」
「漆君、おはよう。」
衣笠もにっこりと微笑んで、返答する。
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