アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
74
-
「家に仕える前に、執事は主人に仕えるのです。私は、紗千香様の心に魂に仕えております!!紗千香様の望まぬ未来に、何の光がありましょう??」
はっはっは、と漆は腹を抱えて笑いだす。紅貴は動かない。ただ茫然と、主従の在り方をビジネスと言い換えた元従者を見つめるしかない。
「心??魂??そんなものが一体何の役に立つのですか??代々の血筋を絶やす選択をわざわざとるものを、あなたは主人と呼んで仕え敬うのか!?…私には、考えられませんね。家を潰す心無い主人など、ただの愚か者でしかない。」
「今の言葉は不敬ですよ、源さん!!」
血相を変えた黒岩を、漆は冷めた目で見返す。
「…今までの動向を考えるに、生卵をぶつけようとしたのは単なる時間稼ぎだ。黒岩さん…あなたは、稼いだ時間で紗千香様を連れて逃げようとした。逃亡先には一橋さんが待っていて、男女は手を取り合って仲良く駆け落ちって筋書きですか??…そちらは不敬なんてものでは済まされないでしょう。家同士の契りを台無しにしようとした挙句、そちらの執事が婚約の邪魔をしていたなんて。」
谷ヶ崎家を下に見ている行為としか思えませんね、と漆は真っ向から遠瀬院家の主従を睨みつける。…遠瀬院は少し身を竦め、黒岩は漆と令嬢の間に立ちはだかる。
「…谷ヶ崎家の次期当主を騙した罪は重いですよ。」
漆はぐしゃりと顔を歪めた。…紅貴はふっとそっぽを向いて、遠瀬院家の主従から目を背けた。…どういう顔をすればいいのか、さっぱりわからなかった。
ゆっくりと歩み寄ってきた漆に正面から両肩を掴まれ、紅貴はようやく我に返る。最早、この状況で婚約は絶望的だ。紅貴がここにいる意味もない。…後は家同士の話になるだろう。
「…行きましょう、紅貴様。」
「…ああ。」
漆に促され、次期当主は婚約者に背を向け、屋敷へと帰っていく。屋敷の玄関扉を元執事が開いている最中、ふっと紅貴は遠瀬院家の主従を振り返る。
黒岩はぐったりしている。…当然だろう。どちらに転んでも、この哀れな執事は責任を受け持つ顛末になっていたのだから。怪我一つしていないとはいえ、紅貴相手に危害を加えようと企てた点に変わりはない。
遠瀬院家の令嬢に視線を移す。…そんな黒岩に肩を貸し、気丈に佇んでいた。目には、しっかりとした意志が宿っている。紅貴は口元を綻ばせる。…初めて会った時から、あの強くて煌々とした瞳が好きだった。最後まで一人の女として見られなくて残念だったが、今でもこうして双眸の輝きを見つめるのは嫌ではない。
「…紗千香様。」
今まで全身全霊で自分の向き合ってくれた女性の名前が紅貴の口をついて出た。遠瀬院はそろそろと顔を上げる。一切の曇りがない表情。…彼女の輝きに、紅貴はどれだけ救われてきたことか。喋っていると、彼女の強靭さ、柔軟な思考、幅広い知識の持ち主であるのがわかった。
_
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 120