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人影は紅貴の自室を去っていく。部屋の両開きの木製の扉を閉めながら、人影は口を動かした。
『 、 。』
目覚めて、嗚呼と紅貴は確信する。…この燕尾服を着た影は、間違いなく源漆だ。
夢の中で聞こえてきた声は、間違いようもない同じ屋根の下で育った漆のものであった。更に言えば、この屋敷で紅貴の名前を呼び捨てにするのも、漆以外には父親しかいない。α至上主義の父親は、燕尾服などまず着ない。
だが何故、毎晩見る悪夢に執事の姿が出てくるのか、主人には謎でしかなかった…。
四日後。…婚約破棄が決定してから、一週間が経った。谷ヶ崎家は、遠瀬院家との話し合いが落ち着いたらしい。紅貴も専属の執事を元に戻し、谷ヶ崎の屋敷には束の間の平穏が訪れていた。
外は相変わらずの暑さが続いてはいるが、近頃は温度が一定になってきた。気軽に外出できるかと言えば、小まめな水分補給や涼しくする工夫は必須なものの、八月初旬に比べれば幾らかマシという体感になってきていた。
時計が午後二時過ぎを示す頃。紅貴は自室で机に向かっていた。…筆を動かし懸命に解いているのは夏季休暇課題である。背後には、監視役兼世話係の漆が佇立している。
が、数分後。谷ヶ崎家次期当主はシャープペンシルを放り投げた後で、机に突っ伏しだす。
「あ゛~~~っ!!疲れた!!もう、数式は見たくない。」
背後の大人は、にっこりと微笑む。
「…紅貴様、差し出がましいようですが、始めてまだ三十分も経ってはいません。」
執事の毒を食らいつつ、それでも主人はへこたれない。両腕をいっぱいに広げ、精一杯の抗議をする。
「暑くて勉強に力が入らない!!」
「空調が効いておりますから、過ごしやすい環境かと。」
微笑みを絶やさない執事は、同時に毒舌も一切緩める兆しがない。
「源、アイス買ってこい!!アイス!!」
「…紅貴様、その間にサボる気ですよね??」
毒矢でもここまでの威力は発揮しないだろう、というくらいぐっさりと図星をつかれ、多少躊躇ったが、紅貴はええいと続けた。
「アイスだ!!とにかく、アイス!!…アイスないとオレは宿題やんないから!!」
「…紅貴様、それ確か小学生の頃と同じ台詞言っています。紅貴様、小学生の時から進歩していないと、現在御自身で証明されているも同じですよ??」
漆は一通り注意した後で、しょうがないですね、と億劫そうに歩み出す。…執事は、紅貴がワガママを言い出したらキリがないというのを、同じ屋根の下で成長した者同士よく理解していた。
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