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言いかけて、漆は口を噤む。それから執事はそっと目を伏せ、黙り込んだ。
いいんだ、と主人は執事にニカッと犬歯を見せて笑う。
「今は話せなくっても。…いつか、お前から聞かせてもらう日をいつまでもいつまでも待っているから。」
執事は手元から視線を逸らさず、たった一言だけ主人に返した。
「…はい。」
刹那。ふわりと紅貴の鼻先に香るのは、石鹸とミルクに蜂蜜をほんの一匙垂らした甘さ。
「…お前、いい匂いするよな。それ、香水か何かか??」
紅貴が何気なく質問したにも関わらず、相手の反応は顕著だった。…みるみる内に顔面蒼白になり、漆は主人の口を両手で封じた。三秒にも満たない間。ふっと慌てた様子で漆は主人から手を離す。動揺を隠しきれない様子で、小さく口を動かした。
「…お見舞いの方が大勢来られて…す、少し疲れました。せっかく来てもらい申し訳ありませんが、帰っていただけますか??」
「あ、ああ。悪ィ…。」
「いえ…。」
罰の悪そうな表情をする執事を置いて、主人は席を立ち、わたわたと戸惑いながらも部屋を後にする。…部屋の壁は、茜色に染まりきっていたが、一人部屋に取り残された影だけは黒々と底知れない色に切り取られていた…。
谷ヶ崎紅貴は、夢を見る。
毎晩、同じ夢だ。
夢の舞台は紅貴の自室である。大理石の床にワインレッドの絨毯。天井から下がるは小ぶりなシャンデリア。机、本棚、箪笥。…どれも紅貴が厳選した物達だ。
奥の天蓋ベッドに夢を見ている谷ヶ崎紅貴は横たわっていた。
紅貴の寝ている天蓋ベッド。真横の壁には、大きめのテラスに続く窓がある。カーテンはきちんと締まっているものの、隙間からガラス越しに漏れた月光が紅貴の横顔を照らし出す。
だが、身体にかかっている布団は、少年が何度も寝返りをしたためか。腰までずり下がっていた。その内、紅貴に異変が出てくる。眉をハの字にして、落ち着かないかの如く幾度も寝返りを打つようになる。…やがて、少年は肌寒そうに胎児の如く背を丸め、自分を抱くようにそれぞれの手で反対側の二の腕部分を掴んだ。寒いのだろう、小さく震えだす。
八月第五週。空調が効きすぎた部屋は、紅貴が目覚める以外に寒さに対する打開策は何もない…はずだった。
突如、窓の横の壁際からぬっと影が現れる。人型の影だ。窓から漏れ出る月光から、人影が燕尾服をパリッと着こなしているのが判明する。
人影はベッドの上の紅貴に手を伸ばすと、機敏な動作で彼の布団を肩の高さまでかけなおす。
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