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逢瀬11
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人はいい印象よりも、悪い印象のほうが記憶が残る――そういう経験をもとに常に神経をとがらせ、最悪の事態が起こったときを想定して対処できるように心の準備をする。
そんな自己防衛本能で、どんなショックなことが起きても予防線を張っておけば大丈夫だと自分に言い聞かせながら、牧野と一緒に第一会議室に向かった。
「単刀直入に言おう。高橋くん、君を迎えに来た」
会議室の扉を閉めたと同時に告げられた言葉に、疑問符が高橋の頭の中に浮かんだ。
「……迎えに来た、とは?」
「今の部署は近いうちに、クラッシャーの手によって壊される予定だ。会社の予算の関係でね、売り上げのないところを潰しているんだよ。その前に、君を助けに来たというわけ」
牧野の言葉をそのままオウム返しした高橋に、背を向けたまま、どこか楽しげに会社のことを語っていく。
「クラッシャーって、もしかして橘さんのことでしょうか?」
「そうだよ。仕事のできない人間にうってつけのいい仕事を、会社側はさせているよね」
(予算削減のためだけに、俺たちはあんなバカ上司にこき使われていたなんて――)
「本社での君の地位は、きちんと確保してある。僕の部下という形になっちゃうんだけど、サブチーフっていう中途半端な肩書じゃない。これって、そんなに悪くない話だろ?」
「俺だけ本社に異動なんでしょうか?」
「仕事のできる高橋くんを優遇するのは、当然のことじゃないか。何か問題でもある?」
自分を目にかけてくれる牧野の采配は嬉しいが、バカ上司とやり合うために、一緒に頑張った同僚に後ろめたい気持ちもあった。
「高橋くんは誠実で、とても優しいからね。苦労を分かち合った仲間と、離れがたいと考えたか」
高橋よりも大柄な背中が音もなく動き、しっかりと正面に向き合う。自分を見下ろしてくる、柔和な笑みの形を表す瞳と目が合った。
「高橋くんは知ってる? 新田くんのプライベートのこと」
いきなりなされた質問に、高橋の眉間に深い溝が刻まれる。
「なんのことでしょうか?」
新田とは、先ほど高橋に栄養ドリンクを差し入れしてくれた、入社2年目の部下のことだった。彼を含めた同僚のプライベートについては、世間話からの情報のみだったので、正直なところよく分かっていない。
「彼と一番仲のいい同僚って、誰だっけ?」
「新田よりも3年先輩の立川ですけど……。彼が新人だった新田の面倒を見た関係で、プライベートでも交流があるのを、小耳に挟んだことがあります」
「新田くんが立川くんの奥さんを相手に、不倫している話は知ってる?」
「ま、さか。そんな――」
いきなり突きつけられた衝撃的な内容に、高橋の喉が瞬く間に干上がり、掠れた声で返事をしてしまった。
「クラッシャーのせいで散々振り回されているところに、不倫話を提供したら、この部署はどうなるかな」
気の利く新人と中堅を潰されたら、それこそ仕事が回らなくなってしまうことが、容易に想像ついた。不倫話を使って自分を縛りつけようとする元上司に、意を決して口を開く。
「部下の不祥事を俺に暴露したということは、その件について目をつぶってやるから、黙って本社に来いという命令でしょうか」
「君、意外と思慮が浅いね。僕がこの情報を握っているということが、実はヒントなんだけどな」
見るからに傲慢な面構えをする牧野の様子に、嫌な予感が胸の中を支配していく。じわじわと高橋の躰を不安が囲みはじめ、指一本さえも動かすことができなかった。
告げられた言葉の意味を吟味する余裕もなく、ただその場に立ちすくむ。
「さて問題。これはなんでしょうか?」
楽しげに言いながら、牧野はスーツの胸ポケットから写真を2枚取り出し、高橋に見えるように目の前に差し出す。
「くっ!」
反論するセリフが頭の中で流れているというのに、なにか言おうとしても舌が上顎にくっ付いて、声がまったく出なかった。突きつけられた写真から目を逸らしたいのに、それすらもできず、膝ががくがく震えはじめる。
写真は青年を見上げながら、熱心になにかを話しかける高橋の姿と、ホテルと思しき建物の中へ並んで入って行くところが撮し出されていた。
「新田くんといい高橋くんといい、表向きはそんなことをしそうじゃないのに、そろって他人に糾弾されることに興じているとはね」
「なっ、なんのことでしょうか。知り合いとただ……一緒に歩いてる、だけの写真、ですよね」
高橋は吐息を漏らしながら、やっと言葉を口にする。冷たい汗が全身からにじみ出るのを感じた。
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