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●1:心心相印
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支配種グレムリン。
粘菌状の体を持ち、真空やあらゆる温度に耐性を持つ、彼方の宇宙より現れた高位生命体。
その不定形の身はあらゆる隙間に入り込み、あらゆるものを傀儡のように操る力を持つ――たとえば幾つもの岩を繋げて操り巨人のようになったり、巨大宇宙船をその身一つで全て操ったり。
彼らはその力でこの宇宙のあらゆる技術を飲みこんでいった。抵抗する種族が高度な文明を持ち機械や道具を用いるほど、それらを操ってしまうグレムリンとは対抗できない天敵と化したから。
ゆえにこそグレムリンは、宇宙のあらゆる文明を支配する王となったのだ――。
――それが、『七番』がいずれ奴隷として奉公する相手。
温かくて狭い水槽、それが七番の最初の記憶であった。
胎児のように体を丸くしながら、七番は言葉を、そして自分の存在意味を知った。
この部屋には、七番のように円柱状の水槽で丸くなる子供達が並んでいた。いずれも七番と見た目の形は似ている――チキュウジンという、グレムリンに従属する種族のひとつなのだと教わった。
「君達は選ばれました」
施設の一番偉いひと(チキュウジンだった。真っ白な服を着ていた)が、水槽の間をゆっくり歩く。
「君達はグレムリンに仕える為に遺伝子レベルでの調整を行われ、作り出された特別な存在です。それもここいらの星域では最も高品質なハイエンドブランド。君達には至上の価値があるのです。自分に誇りを持つように」
そのひとは朗らかな笑みを浮かべ、続けた。
「大きくなったら、君達のご主人様たるグレムリンが迎えに来て下さいます。グレムリンから寵愛され、たくさんたくさん幸せになれるように、きちんと努力していきましょうね。……君達は、選ばれた、愛されるべき特別な存在なのですから」
ここは工場だ。
奉仕する為のチキュウジンを製造・出荷する店。
それも肉体労働や食用などではなく、完全な愛玩用。
愛玩される生き物に求められること、それは主人を喜ばせること。
見た目、教養、話し方、振る舞い――『高品質』の為、子供達は厳しくも大切に育てられる。
小広い、真っ白く窓のない部屋に、三十人ほどの子供が、それぞれに割り当てられた机に座って並んでいた。いずれも白く清潔な同じ服を着て、整えられたつやつやの髪で、栄養状態のいい肌をしていた。グレムリンの美意識は個体差が大きい為、チキュウジンの目から見れば惚れ惚れするほど美しい子から、平凡な見た目、果ては醜い者すらもいた。性別も、男、女、両性具有と様々で、肌や髪や目の色も様々であった。
多種多様な子供達は背筋をピンと伸ばし、口を引き結び、教室で行われる授業を傾聴している――AIが教師だ。広いディスプレイにホログラムが浮かび上がり、算術の解説をしている。それは非常に難解なものだが、子供達は容易く解いていった。
七番もその中の一人。水槽の中、成長促進剤によってあっという間に幼児期を終えたその見た目は九歳前後ほどに見えた。他の商品も同様だ。
水槽から出て五年間、子供達は支配種の愛玩奴隷に相応しい存在である為の、高度な教育を受けることになる。ゆえにその五年間は、普通のチキュウジンの幼体が十年以上の時間をかけても経験できないほどの濃密さとなる。知識、教養、振る舞い、身体能力、芸能、気質――商品は、ありとあらゆる項目で基準を満たした優秀さでなければならぬ。
では基準を満たせなければどうなるか。
「三番、身体テスト不合格。二十番、他者を貶す旨の陰口を確認。処分決定」
教室に無機質なアナウンスが響いて、それに子供達が反応するよりも早く、天井から現れた機械装置から光線が放たれた。三番と二十番を撃ったそれは麻酔銃のようなモノだ。昏倒し机に突っ伏す二人――誰も狼狽したり声を荒げたりしない。『その程度』で精神が乱れるなどグレムリンの奴隷に相応しくないからだ。
白い服を着た大人達が、昏倒した商品を運んでいく。グレムリンの奴隷になれなかった彼らの行く末は様々だ。加工されて家具や食品になったり、バラされて臓器や体液を売られたり、生体実験用に販売されたり。少なくとも命は保証されない。
「いってしまいましたね」
七番の前の席、六番の少女が振り返ってそう言った。銀色の髪に赤い目、白い肌、それはそれは美しい見目の乙女だった。
「そうですね」
応える七番は黒髪黒目、華やかではないが醜くもない、少し野暮ったくもある「いかにも気の弱そうな小市民」といった雰囲気の少年で。二人とも落ち着いた表情のままだ。不合格になる者らに同情など不要。不合格になることは、素晴らしい奴隷の彼らにとって最低に不名誉なことなのだ。だがここで驕り「あいつら馬鹿だね」なんて言おうものなら、二十番のように「心が醜いから」と処分されてしまう。陰口を言うような奴隷は、いずれ主人の陰口も言うようになるからだ。ゆえにどんなことを感じても、奴隷達は心の中に想いを秘めた。
(奴隷として生まれたのに、奴隷としての本分を果たせないまま終わってしまうなんて……可哀想だな)
七番はそっと憐憫を持つ。せめて数秒だけ目を伏せ、彼らの冥福を祈った。
「ねえ、七番?」
少年の目を開かせたのは少女の声だ。彼女は小首を傾げ花のように微笑む。
「私のご主人様はどんな御仁なのかしら。お迎えに来て下さる日が待ち遠しいです……ねえ、七番はどんなご主人様が迎えに来て下さると思う?」
いつか彼らの意味が成就する日、グレムリンが奴隷を買いに来る日。少女の瞳はそれを夢見ていた。白馬の王子を待つ姫君のように。
「そうだなぁ……」
未来の主人のこと。……分からない。どんな方が現れるのか。偉大すぎるがゆえに、見当もつかない。そしてそんな偉大な者らから愛玩されるのだと思うと、胸が熱くなるような締め付けられるような、素敵な感覚を覚えた。
だから七番は思ったことをそのまま伝えた。少女はくすりと笑い、「本当に楽しみ」と言った。
「ご主人様が迎えに来て下さったらね……私はね、味には自信があるから、是非とも味覚で堪能して頂きたいの」
涙、汗、血、唾液、果ては尿や精液、髄液……どこを好むかはグレムリンの個体差によるが、おおよそ彼らにとってチキュウジンの体液とは嗜好品であった。(なお必須な栄養ではない。グレムリンは食事という行為すら必要とせず生きている)
「僕は――……、どんな形でも、愛してさえいただければ、それでいいです。それだけでいいのです」
七番は頭の中で、自分を優しく撫でてくれる手を思い描いた。早くその幸福を賜りたくて、切なかった。
と、食事の時間を告げるチャイムが鳴るので六番も七番も姿勢を正した。
普通の奴隷では一生食べられそうもない、豪勢な食事。あらゆる種類の食べ物。チキュウの食べ物、他惑星のものまで。古今東西、三千世界の美食、珍味。あらゆる食事が、日替わりで食卓に並ぶ。奴隷だからと貧相で味気ない栄養食ではないのは、支配者に仕えるのであれば最高品質の食べ物に慣れておかねばならぬ、知っておかねばならぬ、マナーを身に着けねばならぬからだ。
指先一つ、髪の毛一本まで――商品達は実に繊細に気を配られて養育されていた。
幼い彼らの願いは一つ、愛すべき主人に巡り合うこと。
一日、また一日を超えて。
胸にその都度、期待を募らせて。
脱落者を踏み台に、健やかに育ちながら。
子供達は運命の存在を待ち焦がれ続けた。
――かくして月日は流れゆき、その日は訪れた。
「ロシャン様が御出でです」
真っ赤な絨毯が敷かれた白い部屋に集められた子供達は、十人ほどにまで『選び抜かれて』いた。七番もその中にいた。隣には六番もいた。子供達はチキュウジンでいうところの十四~五歳ほどの見た目をしていた。
少年少女達の顔にぱぁっと花が咲く。遂に、遂にこの日が来たのだ。心臓がどくどくと高鳴る。誰もが一心に見つめる最中、目の前の大きな扉がゆっくりと開いて――グレムリンは現れた。
それは、見た目だけであればチキュウジンとよく似ていた。だがその『見た目』は皮にすぎないことを七番は知っている。
粘菌状の体を持つグレムリンは、お洒落の一つとして好きな形をとる。薄膜のような型に入ることで四つ足の獣のようにも、ああしてチキュウジンのようにもなれるのだ。外見とは彼らには服飾の一つだった。
しかし一個体の体積はそんなに大きくないので(伸縮性はすさまじいのだが)、その姿はいずれも小柄である。このロシャンというグレムリンも、足首に車輪状の反重力マシンをつけてわずかに浮遊してはいるが、背丈としては七番と似たような大きさだった。
外見としては二十代中頃ほどの雄個体チキュウジンだ。額を覆うような金襴の王冠から、豊かな赤い鬣が伸びている。彼は――グレムリンには性別はないのだが便宜的に――涼やかな美貌を湛えた怜悧なひと、という印象だった。赤く長い外套を纏い、その裾は二機のドローンが地につかぬようもたげていた。服装はどこか軍装を思わせる瀟洒なものだった。
超然。それが最も相応しいように七番は感じた。生まれて初めて目にする絶対的支配者。この宇宙のあらゆる生命を手中に収める超越の生き物。チキュウジンがどう足掻いても歯向かうことなどできない存在。
――なんと美しいのか。
七番は我を忘れ、瞬きも呼吸も遠のいて、気付けば……跪いていた。超越に遭遇した下等種に何ができようか、それを崇めること以外に。だって輝いて見えたのだ、本当だ。きっと宗教を生んだ人は、こんな体験をしたに違いないとすら確信した。
そうして七番は自分にぞっとする。許可もなく動いてしまった自分自身の浅はかさに。自分達はまだ奴隷ではなく商品なのだから、よく見えるように立ったままでいなければならないのに。
結果として立ち上がることもできず、うずくまったままでいた。ああ、自分はもう処分だろうか。体が震えて冷や汗が伝う。視界が端からじわじわ黒くなる。
と、その時であった。
「顔を上げよ」
天から降る声があった。優しく包み込み全てを赦すような――慈雨だった。
七番は畏れながら顔を上げる。照明が後光となり、少年を見下ろす微笑みがあった。グレムリンは顔を持たない種族だから表情を形作る必要はない、なのにロシャンは七番の為に『微笑んでいた』のだ――!
「あ、あぁ……」
ぞくぞくと感じたことのない悦びが体を突き抜けた。じくじくと感じたことのない熱が下半身にこもっていた。七番は生まれて初めて勃起し、そして、浅ましくも吐精して、破瓜の血のように赤い絨毯を白く汚していた。
商品は隅々までをグレムリンに見せる為、一切の衣類をまとっていなかった。だから絶対者への感動による勃起も、微笑まれた歓喜による射精も、飛び散った精液も、全てがロシャンの睥睨下に晒されていた。
見られている――こんなにも矮小でどうしようもない己を。そう思うほどに陰茎が震えた。眩暈すら覚えた。
「そんなに我が好いか?」
グレムリンは声帯を持たぬ。ゆえにそれは粘体の一部を震わせて発する音だった。冷たくも甘く、無機質で柔らかい、不思議な玉音であった。
「はい、あなたがいいです……」
このひとだ。七番は直感した。
自分が仕えるべき主人は、このロシャンというグレムリンの他にない。
奴隷の懇願に超越者は静かに首を傾けた。細める瞳でかしずく七番を眺め、そして。
「よい、隷属を許す」
その瞬間を。
七番は一生、忘れないだろう。
ロシャンが白い服の大人に目配せをする。恭しく一礼をした彼らは、下半身を汚した七番を洗浄室へ連れ出すべく、感動のまま立ち上がれないでいる少年を丁重に引き起こした。
その間――ロシャンは別の店員へ。
「他の個体も見事な出来映えだな」
「ええ、自慢の逸品でございます」
「残りを家具に加工せよ。布団と長椅子に。前のものがちょうどくたびれてきてな。前と同じデザインでいい」
「かしこまりました、ただちに」
家具に加工する。それが何を意味するか、部屋に残された六番をはじめとした商品達は知っている。
継いで接いで、生きたまま肉の布団やソファに改造されるのだ。生命を維持する装置をつけられ、生き物のぬくもりを持ったままの、生きている家具に。生きてはいるが実際のところは死人も同然。――ここまで手塩にかけて育てられてきた命を使うからこそ価値がある、支配者にのみ許された贅沢な調度品。
「ま――待ってください」
震える声を上げたのは六番だった。顔は真っ青、ロシャンへ跪き見上げていた。
「私は家具ではなく奴隷となるべく作り上げられました。どうか、どうか一口だけでも、血でもなんでも……かまいませんから、味見をしてみてください。きっと奴隷として気に入られるかと存じます、ロシャン様」
家具になんてなりたくなかった。奴隷になる為に生まれ育ち、ここまで努力を重ねてきたのだ。奴隷としてグレムリンに愛され、愛でられたかった。積み重ねてきた長い長い多大な希望が、こんな目に遭うだなんて。絶対に。絶対に。受け入れられるはずがなかった。
「さようか。だがお前の肌は寝心地が良さそうだ。我はお前の皮の上に寝転びたい」
ロシャンは涼やかな笑みを浮かべた。七番へ向けたものと同じだった。
「お前の肉と皮を献上することを許そう」
それだけ言って踵を返した。凍り付いた六番に振り返ることはなく――彼女が行動したことで、多くの商品が「もしかしたら自分達も家具になることを免れ得るかもしれない」と叶わぬ希望を抱いて砕かれ――扉は重く閉ざされる。
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