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垣間見
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佳平が扇の君の世話役を仰せつかったのは、それからほどなくのことだった。
村長(むらおさ)からその役を務めるよう命じられた時、佳平は、表向き真面目そうにしてはいたものの、内心は、期待と、得意とで一杯だった。
(俺が、あの美しい笛の音の主である宮様の世話役をさせてもらえるのだ。あの方に近づくことができるのは、どんなにか胸の躍ることだろう。…)
佳平は、早速、里山の中に、村から少し離れてある、扇の君の家へ向かった。
そのころ人は、垣間見をするのが常であった。
佳平も、まるで、たとえは野性的だが、、山の中へ、珍しい小鳥の巣をそっと伺いに行くような気もちで、扇の君のいるはずである家の中を、すだれの垣間から覗いた。心の中に、無限の優しい、同情的な気持ちを、流刑に処された高貴なお方様に対して抱きながら…
しかし、扇の君はいなかった。そこは物静かな小さな書斎であり、竜笛が、布にくるまれて転がってあった。
「これ、下賤の者、ここへ近う寄れ」と、いきなり、細く声が上がり、佳平は魂消て膝まづいた。
見やれば、中庭の縁側に声の主と思しき少年が座っていた。
佳平は、平伏したような恰好そのままにその声の主の前へいざり寄ったが、少しだけ、好奇心に負けてその面をちらと伺うに、そのお方は、色の白い、切れ長の目の、自分と同じ十五、六のとしのころの貴人と見た。
「先ほど、私の部屋を覗いておったろう。」
と、咎めるように言うその声は、佳平が想像していた声より、やや硬かった。
「はあ、すみませんだ。」
佳平はより一層腰をかがめて、貴人へ敬意を示した。と同時に、あまり謙遜なお方ではないようだな、この人は、などと、頭の片隅で目ざとく批評した。
「今後は、覗くでない、よいか。」などとのたまう扇の君に、佳平は、
「はい」と、反逆の罪に問われるよりも、素直に貴人の機嫌を悪くしてしまうことを恐れて、行儀よく返事した。
この貴人に佳平が仕えて、わかったことがあった。
一つは、扇の君は佳平の想像を超えてわがままであること、もう一つは、扇の君は、佳平を犬か何かのようにとるに足らぬと考えていることで、どちらも、佳平には我慢の効かぬことではあった。
しかし、扇の君の乳母に
「あの方が頑是ないのには、母上を早くに亡くされたためもあるのです、どうか、あの方のお友達として、仲良くして差し上げてくださいませ。」などと頼み込まれると、どうしても、扇の君を無下にはできない佳平であった。
自身も疫病で家族の一人も、残らず失った佳平である。扇の君の境遇は他人事とは思えず、何かと親切に尽くしてしまうのであった。
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