アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
鷹
-
雨はおやみなく続き。その雨の中を佳平は扇の君の許へ通った。
独活(ウド)や何やかにやと持って行っては下女に料理させ、あの若い公達に食べさせてやるにつけ、扇の君の素性が、佳平にもおぼろながらもわかりかけてきた。
滑らかに動くところから想像も及ばないことには、扇の君は、盲(めし)いていたのだった。
それは、君がまだ五つの頃、更衣の息の身ながらに、顔立ち愛らしく、聡明に育ったのをさる女御が妬まれ、毒を盛られたためであったためであること、母親の更衣が亡くなってのちは、乳母ゆかりの地であるこの地へ身を寄せていることなどを知り、佳平は哀れみからか、この美しい公達へ一層の気を寄せた。
しかし、ともすると、君の我への驕慢なふるまいから、一度この雅びた山小屋から連れ去ってやって、思うさま打ちすえて、自分に怯えさせさえしたいような、狼藉の気持ちも湧いてくるのであった。
宮様のことを知るにつけ、自分も知らなかったような感情が湧いてきて、ともすると、夜すがら宮様のことなど考えている。その自分の有様に、佳平は驚いた。
(このままでは、俺は宮様のためにおかしくなってしまうのではないか。)
佳平はそう思った。
宮様と距離を置くことも、考えた。しかし、むしろ佳平は、宮様の目となり、そうして宮様の心を喜ばせることでより近く仕えるという道を選んだのだ。
「宮様、この山の下は、梅雨の雨に濡れて、カタツムリなど、お庭の紫陽花におりましてございます。」
などと報ずれば、宮様はその雅の様をご想像遊ばれては喜んだ。
「一面の緑にて、もうすぐわしらの村では、その緑を摘んで、茶といたします。」と、佳平が拙く丁寧な言葉を使って報せると、扇の君は歓(よろこ)んだ。
「佳平、ありがとうのう。そのうちに、都から絵巻物でも取り寄せて見せてやろう。」と、犬をかわいがっているかのように、尊大に君は佳平に言う。
しかし佳平からすれば、宮様のお言葉、ご自分は目が見えぬのに自分のためだけに絵巻物など取り寄せて呉れようなどという、そのお心がありがたいのであった。
「宮様、今、鷹が獲物を探しあぐねて、庵の近うに止まっております。ほれ、翼をびろびろと。まだ若い鷹でしょうな。」
佳平が梅雨の晴れ間、庵の外を見てそう告げると、宮様は微笑まれた。
「麿らも飛んで行かれたら、どんなにも清々しいことじゃろう。」
「そうでございますね、宮様。ご一緒に、お供して空などから村でも見おろせたら、良かろうなと思いますだ。」
二人、顔を見合わせて微笑む。
そうするうち、二人の心の距離は、以前よりはおのづと近寄っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 7