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蛍
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その日、佳平は扇の君を連れて沼地まで行くことにした。
昔、美しい乙女が沼の竜神に引き込まれてしまったというそこへ。美しい貴人を連れて行くのは危なっかしい気もしていたが、それでも、宮様へ必ず、見せたいものがあったのである。
盲いている宮様が見る、などと言うと非常に奇妙なことのように思われる。しかし佳平が
「宮様はどうして外の明るいのやら、暗いのやら知るのですか」と問うた時、君は言ったのだ。
「肌で知る。」と。
要するには、肌の、非常に繊細にできていて、感ずるところで、陽の光の陰影もお分かりであるらしかった。
さればこそ、佳平はこの宮様に、蛍をお見せしたく思ったのである。
「宮様、こっち、」と手を引いて先を歩く佳平。扇の君は娘のようなおぼつかなげな足取りで、夜の道をなよなよと歩く。
途中、足がもつれるのを佳平が支えながら、件の沼地までやってきた。
「どうです宮様、美しいでしょう。」
無限の光を散らしながら、蛍が淡く光っていた。佳平は、誇らしそうに胸を反らし、君の方を向き直る。
「光を、感じますか。」
扇の君は、まるで見えているかのように手を蛍たちに向けてかざした。
「懐かしい。麿のいた都でも、夏は蛍があってな。…このような僻地(ひがち)でも見るとはのう。」
僻地、と言われて多少腹は立ったが、そんなことをいちいち気にしていては、宮様の遊び相手など務まらないと思い直し、佳平は言葉を継いだ。
「都でも蛍は飛ぶのですか。」
「ああ、飛ぶ。それはたくさん、な。」
宮様は、少し袖を手に当てて、泣く素振りをした。
きっと都の母上も生きておられたころのこと、思い出しておられるのだな、と察した佳平は、しかし、見て見ぬふりをする。
宮様とて、いくらやんごとなき身の上と言え、男の誇りはある者だろう。
男の涙には、気づかぬ振りが一番。そういう佳平の気遣いであった。
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