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舞
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佳平は身分の差は乗り越えられぬままにではあるが、この上臈の目となり手足となるのに、そう時間はかからなかった。
今や、佳平の目で見られ、その言葉で奉じられるものが扇の君の目にするものであり、扇の君の命ずる言葉が佳平の目的となった。
頭脳と器官という不平等の形を持ってはいたが、この関係に、佳平は不満はなかった。
ある日、扇の君は佳平の前で、それと知らず舞を舞った。
もしも佳平が覗き見ているのだと知れば気位の高い上臈のこと、いくら親しいとはいえ舞など舞わなかったであろうから、佳平にとっては僥倖と言えた。
舞を舞う君は悩ましく、そして豊かにろうたげである。
天女が舞い降りて地上の花や草裏の露と遊ぶがごとく、濃やかで可憐な雅の仕種であるように佳平には思われた。
盲(めし)いているとは、とても信じられぬような足取りである。
扇の君とは扇を使いの舞が得意であるが故なのだな、と、この時初めて佳平は気付いた。
君は目に見えぬものを、竜笛の音であれ舞であれ、見えぬからこそ突き詰めてゆけるようであった。見えぬからこそ、心のうちに思い描くものを恐れ気もなく前へ前へと出してゆく力強さで、扇の君は推進してゆく。
その、たをやかなうちにも勁(つよ)い芸術の脈打ち方に、佳平は心を掴まれ、強く揺さぶられるのであった。
「うつくしげな」と声に出してしまったところで、しまった、と佳平は気付く。ざわりと空気が揺れ、宮様の戸惑いが、次いで怒りが大気越しに佳平を刺した。
「下郎め、隠れ見しておったのか。」
扇の君はきぱりと佳平を断罪し、その弁解を許さずして、
「そこへ直れ。」と命ずる。
佳平は命じられるがまま、魅入られたように宮様の間へ出てひれ伏した。怒りに返って落ち着いた扇の君の言葉には人を従わせる気迫が籠もっていた。
君は柳でできた笞(しもと)を取り出(い)だし、おもむろに佳平に服を脱ぐよう命じ、床へついていた両の手を紐で柱へ縛り付け、柱を抱かせるようにして括り付けてしまった。
そうしておいて、背中へ、笞を振るう。
ヒュッという音と共に、佳平の背中へ朱を散らしたような痛みが襲う。
「あッ、」
背中を焼くような痛みに、胸の内が震え、佳平は不可思議の感覚を覚えた。
痛みには違いないが、切ないように胸を焼くものがある。扇の君の舞を隠れ見してしまった代償と思えば、そして何より、宮様の手づからの懲罰とも思えば、恍惚までもを感じる痛みであった。
しかし、痛みには変わりない。
唇を噛みしめ噛みしめ、佳平は続く痛みをうつむいてこらえた。
(宮様は、いつになれば俺を許してくれるのだろうか)とつと思い始めたころ、やっと扇の君の責めは終わった。
「よいか佳平、このようなことをしたらば、承知せぬぞ。」
と、激しい運動に頬を上気させてこちらを射るようにねめつける宮様を直視する勇気は佳平にはなく、しかし明らかに恐怖畏怖とは違う痺れに心を支配されながら、佳平は平伏するのみであった。
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