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カツ丼
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次の日は、山へ登った。朝のうちに出発した。ルカの提案で、山までバスではなく、足で向かうことにした。
「にぎやかだな。」
商店街があり、町があって、お寺があり、その先に、山がある。
ルカは、途中で買ったフルーツジュースを飲み、俺は、朝食代わりにリンゴをかじっていた。
「夏の朝って、涼しくていいよね」
というルカは、上機嫌だ。
「ルカは、夏が好きだな。」
「ハルもそうでしょ。名前に春が入ってるのにね。」
確かに、俺も夏が好きだ。
というか、冬は、まったく動けなくなってしまう。まるで蛇やカエルなんかみたいに、冬は冬眠状態みたいに家に引きこもっていて、そして暖かくなると急に活動しだす。ルカは、そんな俺の行動パターンをよく知っていて、冬はあまり一緒に外出しない。
たまに日光浴に連れ出してくれるくらいだ。
そして、さっさと一人でとか、友達と、スキーなんかしに行ってしまう。(それでいいんだが。)
「ひょっとして、ルカは夏とか、季節じゃなくて、アウトドアが好きなのか?」と聞くと、
「誰でも大体、ハルよりはアウトドア好きな人が多いと思う。」と言われた。
それも確かに。俺は、インドア派もいいところで、本ばっかり読んでいる。
インドア派の呪いは、山を登り始めたら顕著にやってきた。
ちょっと登っただけで、息が切れる。
おまけに、ルカが一番険しいルートを選んだ時、反対しなかったから、大変だ。
「ちょ、ちょっと待って…しぬ、…」
どんどんと先へ登ってしまうルカに、俺は呼びかける。
足場が究極に悪い急傾斜を、ルカは山羊か何かのように、たったか軽快に駆けていく。
「ごめんごめん」とルカは戻ってきて、
「ここに足運ぶといいよ」と、登り方を教えてくれた。
途中、見晴らしのいいところで休憩する。
その度に、俺は、自分でも面白いくらい、ぐったり汗だくになって、その場へ倒れこんだ。
「あ"ー、無理。もう、やめたい。これ以上は、足が、しぬ。」
口がほぼ自動で動き、そんな言葉を形作る。
「帰りはロープウェイで帰っていいから!がんばれ!」
「いやだぁ、もう、帰る。…」
帰る帰るといいつつ、何とか登っていく。
途中、人懐こそうな登山のおじさんに話しかけられて、二人は友達なのかい、と聞かれ、妙な気分になった。
「いいえ、僕たち、恋人なんです。」
と、ルカは背筋を伸ばして、しゃんと答えた。
俺は、少しぎょっとしながらおじさんの反応を伺う。
「へぇ…そうなんだ・・・。」
おじさんも困惑しつつ、まぁ、今じゃそんなに珍しくもないか、と、少し笑ってくれた。
ルカは、普段はあまりそういうことは言わない。
旅の解放感も手伝ってか、随分と強気に、僕たちはカップルなんだと主張するから、俺は少しひやひやしたり、気恥ずかしくなってしまう。いいじゃないか、お互いだけでもそう認識してるなら、誰かに知ってもらえてなくたって。
でも、ルカの中ではそうではなくて、むしろ、普段は俺よりもそういう公表をしないからこそ、旅行中くらいはそういう風に、他人に見てほしいみたいだった。うれしいけれど、恥ずかしい。
おじさんとわかれて、(というより、俺がへたばってるのが長すぎ、結果おじさんがだいぶ先へ行ってしまって)俺たちは二人きりで、一番険しいルートを登る。
もう俺は、喋る気力がなかった。ルカに付いて行くようにして、険しい岩肌にへばりついて山を登っていく。
ピッケルとか、あればよかった。
さっきのおじさんの、それなりの重装備を思い出しながら、そう思った。
ゼエゼエ言いながら足を進めていくと、急に開けた道に着いた。
どうやら、急勾配のコースは終了らしい。
あとは、緩やかな、整備されつくしたハイキング・コースと合流して…うわ、歩くのが楽だ。さっきまで道なき道を歩いてたから、余計に楽さを感じる。
「もうすぐだから、このまま歩いて大丈夫?」
と、ルカが俺の表情を覗き込んでくる。
「だいじょぶ。」
とは言ったが、早く山頂に着きたいとは、思っていた。
なんでもいいから、椅子に座りたい。
できれば、寝っ転がってしまいたい。
痛切にそう思うくらい、俺には、登山はこたえた。
しばらく行くと、山頂の食堂が見えた。
入ると、冷房が、山肌を照り付ける日光に散々いたぶられた肌に、嬉しい。
なにかラジオみたいなものが流れていて、俺は、やっと椅子に座れることに安堵しながら、ガラスの窓から、下の景色を眺めていた。
下の景色は、勇壮だった。
大きな川が流れ、その周りをビルや住宅地が取り囲む。
この山は、戦国時代に城が立っていたらしいから、当時の武将は、こんな景色を眺めながら、今後のことなんかを考えていたのだろう。
そう思うと、胸がすくような感じがする。
時代は変われど同じ風景を見ているのだと思うと、感動のようなものがこみ上げてきた。
だが、同時に、一気に過激な運動をしたことによる疲れも、どっとこみあげてきた。
ルカが注文してくれたカツ丼を俺は食べることができないまま、じっと見ていた。
「ハル、どうしたの?ひょっとして気分悪い?」
今更気づくルカ。もう遅い。
「食べられる気分じゃない…ルカ、俺のも食べちゃっていいよ。」
とは言ったものの、ルカは、俺が食べられるようになるのを待ってくれた。
夕暮れを、かつての大名が築いたという城の天守閣で過ごした。
城は博物館に改装されていて、入場料を払って中に入ると、そこでは、戦国時代当時の甲冑や書物が展示されていた。
俺は、何か小説のネタになるかもと思い、それを、可能なだけ撮影した。
最後に天守閣まで登ると、かつての城下町が一望できた。
ルカと一緒に、夕暮れの風を浴びながら下を見おろす。
そこには、ほかの山があり、川があり、鳶が飛んでいて、自然があって、そうして、人の生活があった。
「ここにきて、良かった。」
と、ルカがぽつんと言った。
「どうしてそう思うんだ。」
と訊くと、
「ハルがこんなに生き生きしてるし、僕も、山に登るのは楽しかったから。」と答えた。
「俺、生き生きしてるか?」
「してるよ。まだ知らなかったものに触れられて、ワクワクしてるって感じ。」
「そうか。」
確かに、知らないことに触れるのは、楽しかった。この世の中で自分など小さくて、自分が知っていることなど、ほとんどないに等しい。
けれど、だからこそ知ることは楽しいと思った。
ルカは、こんな子供のように景色を眺めたりもするんだな。このことも、知らなかった。
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