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18歳以上ですか?
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戦争をしに行こう
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その日、世界は平和になって
その日、私は要らなくなった。
『戦争をしに行こう』
私の名前はノーマン。
兵器開発を専門とする科学者だ。
私は沢山の兵器を作った。
私は毎日兵器を開発した。
眠る時間も食べる時間も削りきって資料に向かった。
そう、正に命懸け。
私は全てを兵器開発に捧げた。
如何に効率良く人を殺す事が出来るか。
如何に効率良く敵の武器を破壊するか。
全ては長らく続く世界大戦を終結させる為。
そう、平和の為。
祖国の為。
皆の為。
――かくして戦争は終わった。
勝ったのだ。
世界が平和になった。
私が、そして誰もが望んでいた平和だ。
平和。
平和。
平和。
――今やモヌケの殻となった研究所に、私がただ一人。
世界は平和になった。
平和な世界に兵器は要らない。
兵器を作る事しか出来ない私は要らない。
『天才』と――私はそう呼ばれていた。
『神の頭脳を持つ男』『救世主』『賢者』……思えば色んな徒名が付いたものだ。
しかし平和な世界になってから、人々は私をこう呼ぶようになった。
『悪魔』
『人殺し』
『気狂い』
と。
可笑しい話だ。
戦時中はあれだけ持て囃しておいて、終戦すれば公共スポーツよろしく罵り始める。
人間なんて、所詮は、そんなものだろう。
下らない――そして、私自身もその『下らない』の一員なのだ。
ああなんて滑稽。馬鹿馬鹿しい。
埃っぽく汚れた研究所にたった一人。
窓際に腰掛ける。
広げた机には埃が薄ら積っているだけ。
かつては設計図で埋め尽くされていたのに。
窓の外は平和だ。
憎らしい程に平和だ。
そして窓に映るのは――やぁ、『きちがい人殺し悪魔』。
悪魔へイヤミっぽく笑ってやると、窓に映った彼もまたイヤミっぽく笑ってくる。
こんな風に一日を垂れ流して、何回目だろう。
研究所には食料の備蓄が大量にあるので出歩く必要は無い。
ここが私の、棺桶か。
うん、丁度良い。
こうやって朽ちて逝こう――
――そんな私が発見したのが、『甲』(キノエ)だった。
改造生物超兵器『甲』。
終戦間際にこの私が作り出した、正に『最終兵器』の名に相応しい大量殺戮兵器。
生きたエリート兵を極限にまで『戦闘殺戮』の為に改造強化した生物兵器。
強力な爆発にも耐え得る皮膚、大量に搭載した兵器、それを完璧に制御する出力を250%に高めた脳――なんせこの私が作ったのだ。欠点は無い、完全な『兵器』。
そう、兵器だから、これには人間性がない。痛覚が無い。喋らない。食事をしないから排泄もしない。生殖器も無い。
全ては戦いの為に。
これは人の形をした道具だ。材料こそ人だったけれど。最早これに、かつて人間だった頃の記憶は無い。『自分は人間だ』という意識も無い。
そう、これは兵器――
平和なこの世界には、必要のないモノ。
それはたった一体だけ残っていたのだ。
暗い部屋の中、忘れ去られた様にたった一体。
きっと完成直後に終戦したのだ。
出撃すらしていない、何かを壊した事のない、アイデンティティを失った兵器。
熾烈を極めた改造の所為か、起動させた甲の顔面はまるで薄ら笑っているかの様に引き攣っていた。酷い顔だ。
見た目は20代の中頃か。彼が元々どんな人間だったのか、私は知らない。覚えていない。
真新しい戦闘軍服だけが、この朽ちた研究所に何とも不釣り合いだ。
戦闘命令を受けていないそれは何もしない。
「ヒヒヒ」
ただ突っ立って、時折不気味に引き攣った口元から奇妙な笑みを漏らすのみ。
意図的に『笑おう』としての行動ではない。そんな事は分かっている。これは道具だ。
最強で、不必要で、完璧な、欠落した、生きている道具。
――だから何だ?
――それが何だ。
こうやって寝台に叩き付けても、甲はへらへらしている。
ただ何となく、そして無性に腹が立った。
今から思えば、『最強、完璧』である甲を滅茶苦茶にする事で自尊心を保とうとしていたのかもしれない。
私は愚かだ。
最新鋭技術の結晶である甲の衣服を剥ぎ取れば、見た目だけは人間の形が現れる。
所々に線が走り、生殖器や毛が無いのを除けば――人間。元が精鋭兵だから、体躯は無駄なく鍛え上げられている。
そして、温かい。私より温かいのが余計に癪に障った。
「ヒヒヒ」
「笑うな」
自分の声を聞いたのは何日ぶりだろう。
寝台に押し倒されたまま抵抗しない甲の脚を持ち上げる。私が作った兵器は、私に逆らえない。私を傷つけない。
元は排泄の為にあったそこへ自分の屹立を無理矢理に捻り込む。
ぐちり、と肉が擦れる嫌な音が響く。狭い。苦しい。呻き声が私の歯列から漏れる。
甲に内臓は無い。触れ合っているのは馬鹿みたいに改造されなかった僅かな部分。
勿論、性交なんて前提にすらされていない部分。
快楽なんて、無い。
意味なんて、無い。
「は、……はぁッ、……は」
私の声だけが虚しく響く。
突き上げられる度に甲の身体は波打つが、その引き攣った表情は相変わらず。当たり前だ、甲は何も感じない――肉体的にも、精神的にも。
ただ犬畜生の様に腰を打ち付ける私を、みっともなく脚を持ち上げられ、揺さぶられながら、傍観者の様に見上げているだけ。
無抵抗の最終兵器。
「ヒヒ」
従順な凡骨道具。
ぐち、ぐちっと律動する度に淫猥な音がする。粘質な水音が混じるのは、さっき一度出したから。 甲のそこは浅い。思い切り突けば天井に掠る。
ぬるついた狭苦しいそこは、子供の生殖器を思わせて酷く背徳的な気分になる――何も無いつるりとした身体も、人形のそれだ。
これは『穢れる』なんて認識出来ない。
壊れるまで、壊れても、純潔の儘。
その皮膚を撫で、思う。荒く息を吐きながら思う。
全く私は愚かだと。
こんな、非生産的な。
「……おいバケモノ」
「ヒヒヒ」
「はぁ、っ………ちょっとは喘いで、みたらどうだ」
「ヒヒヒ」
戦闘以外の事が甲に出来る訳がない。
これは兵器、戦闘以外で役に立つ訳がないのだから。
私が幾ら話しかけても、引き攣った顔のまま笑うだけ。
その顔が憎らしくて、首を両手で絞めて、甲に首絞めなんて無意味じゃないかと自らを笑った所で――私は果てた。
「ヒヒヒ」
脳裏にこびり付いた甲の声が酷く不愉快だった。
●
目が覚めた。
太陽が昇ったばかりの早朝。紫の空から薄暗い光が差している。
記憶に生々しい我が愚行は夢じゃなかった――夢なら良かったのに。 と、甲の温かくも非人間な身体の上で思う。
「ヒヒヒ」
ああ、それでも、それでも貴様は笑うのだな。本当は笑ってないけれど。ただ咽から息を漏らしているだけだろうけど。
「兵器のクセに」
「ヒヒ」
「なァんだ、『脆弱な人間のクセに』ってか?」
「ヒヒヒ」
「人間様を舐めるなよ」
「ヒヒ」
一晩たっぷり苛々した所為か、今の私に感情めいた感情は無い。喜怒哀楽、どれにも当てはまらない。元々寝ればスッキリする性格だし、別段珍しい事でもないが。
今から思えば、昨夜あんなにも苛々していた自分が馬鹿らしい。本当に馬鹿らしい。
――そして兵器を。ましてや見かけが女でもない無骨で不気味な人殺し道具を陵辱しただなんて。
甲は変わらず「ヒヒヒ」としか言わない。会話するとかそういった事が思考にあるのか知らないが、一応呼ぶと返事をするのが面白い。
そう言えば兵器については『破壊性』ばかりに目を向けていたから、会話だとかコミュニケーションだとか『人間性』についてはどうなのかてんで知らない。
腐っても私は学徒だ――好奇心なら人の倍はあると自負している。
「甲ェ、貴様、『ヒヒヒ』以外は喋れないのか?」
「ヒヒヒ」
「そう言うと思ったよ」
甲は何トンもの圧力に耐え得るので『重いだろう』とかそんなちゃちい理由で上から退いてやる必要はない。遠慮なく甲にのし掛かったままその顔を眺めてみる。
ニヤァ、と気味悪く薄ら笑っているが、これはこれで良いんじゃなかろうか。怒り顔や泣き顔、ましてや常時イキ顔とかじゃなくって本当に良かった。
気持ち悪いが良く良く見れば愛嬌のある顔をしている。人間だった頃はなかなか人当たりの良い人物だったのではなかろうか。
――なんて、引き攣った顔を撫でながら思う。
甲は何もせずに創造主たる私を見ている。
とても昨晩いいように犯された者の顔に見えない。
「お前、私に犯されたんだぞ」
「ヒヒ」
「覚えているか?」
「ヒヒヒ」
「――酷い有様だぞ、ここ」
言いながら甲の孔に指を這わせてみる。
売女のそれの様にすっかり緩んだその中は蕩ついていて、指が中で動く度にくちゃりと粘った音がした。
こいつが女で、婀娜っぽい反応を示せばまた私の心は変わったのだろうか。
ニヤニヤした無表情を無表情で見下ろしたまま、甲の中を指で弄ぶ。中には私の精液しかない。
――これを作ったのは私。となれば、私はこれの父親。
近親相姦? ……また世間に喚かれるな、キチガイと
でもまぁ、その通りだ。そうかもしれない。兵器相手に会話なんかしているんだから。
それにここには誰も居ない。
……良い暇潰しになる。
「くくっ」
咽の奥で笑った。
精気を掻き混ぜ、掻き出していた指を引き抜いた。ねばりと湿って糸を引く。
殴ってみようか。
ねばり滴る指を見せつける様に甲の前に持ってきた。それを拳に形作る。
――殴ってみようか、この暴力を知らない暴力製造機を。
「ヒヒ。」
「そうかそうか」
なかなか、愛嬌のある顔面だ。それとも私の価値観が変なのか。
拳を叩き付ける。理由も無く暴力を振るう。
――血が出た。
当然、私の拳から出た血だ。
人間が兵器に勝てる訳が無かろう。こうなる事は分かっていた。甲を作ったのは私なのだから。
それにしても結構、痛いものだ……怪我なんていつ以来だ?
「ヒヒヒ」
甲の引き攣った顔面には傷一つ無い。
良かった、なんて思う親心と、なんだつまらん、という他人の心。
「痛かったか?」
敢えて訊いた。皮が剥がれてひりつく手で甲の頬を撫でながら。 おそらく甲に同じ事をされたら、私の頭は跡形も無く吹き飛ぶだろう。
「見ろ甲、貴様の所為で血が出た」
自分でも薄気味悪いぐらいの半笑いで甲の頬に傷口をなすりつけた。
甲の頬に薄く赤が広がる。
――矢張り、兵器には血が似合う。
「……なんて思うから、私は『悪魔』だとか呼ばれるんだろうな」
「ヒヒヒ」
「そうか、ありがとう」
断っておくが、私は甲の言葉なんて分からない。そもそも甲が発しているのは『言葉』ではなく、ただの音。
……でも別に良いだろう、勝手に都合良く解釈しても。私は自覚がある程度には傲慢で自己中心的でご都合主義なのだ。
傷口を甲の口元に遣ってみる。
甲が引き攣らせた口を薄く開けた……歯が当たる。
私の精液と血の混じった体液が甲の咥内に垂れて、その唾液と混じり舌を伝う。
「美味いか?」
「……ヒふ」
「何よりだ」
甲の言葉は唇を押されている所為でふぬけたモノになっていた。ちょっと滑稽だ。
会話は一方的でご都合主義の極みだが、悪くない。
私はくつくつと笑った。
何だかんだで私は甲が大切なようだ。
犯したり殴ったり罵ったり愛でたり自分勝手に弄ぶ。
――これは私のモノだ。
これに『懐く』とかそういう機能があるかは知らないし、懐かれたからって何かが起こる事もないが。
兎にも角にも甲は私が作った私の所有物。
愚かな気狂いが作った完璧で不完全な不要品。
……もう少し甲で遊んだら、衣服とシーツを洗浄しよう。
それから食事だ。久々に何か食べたいと胃袋の底から思った。
腹が減った。
●
その日から私と甲の生活が始まった。
とは言え、特にどうと言う事は無い。生活がガラリと変わったとか、そんな事は無い。
私には自殺する勇気も無い。ただ漫然と、研究所という棺の中でまた一つ一日を消費するのみ。
甲が人間だった頃の資料を探したが見つからなかった。別にどうでも良かったが。
生きた人間を兵器に作り替える。
我ながら凄まじいアイデアだ。
甲は戦闘以外に関しては全くの役立たずだった。
命令を受けず、ただ佇むそれを、私が眺める。
時折話しかけたりもする。
「甲。お前はここで私と死ぬんだ」
「――ぃ」
「どう思う? 折角兵器として生まれ変わったのに」
「 ……ヒヒ」
「甲。甲。私が憎いか、制御プログラムさえなければ今すぐ殺したいか?」
「ひ」
夕方の。
嫌に赤い、光が差し込む一室。
寝台に座らせた甲を後ろから抱き締めて、装甲の下の聴覚に囁きかける。
甲の咥内を、舌を、指でゆっくり犯しながら。
引き攣った口から漏れるいつもの声は私の指の所為で吐息の様なあやふやなモノに成り果てている。
唾液と指が立てる音が酷く淫らだ。
甲は舌を引っ込めたりしない。私の意の儘、為すが儘。
「甲」
口端から唾液を溢れさせた兵器を抱き寄せる。
兵器の癖に人間の私より温かい。
指を引き抜いて、唾液と夕闇に滑る口唇を口唇で塞いだ。
――今更だが、まさか私に衆道趣味があろうとはな。
若い頃、たった一人だけ恋人と呼べた異性が居た。戦争で死んだが。
空爆で木端微塵だ。死体すら無い。
思えばそれ以来、誰かとまともに触れ合っていない。
……いや、それがもう、何だと言うのだ。
考え過ぎると興が削げる。脳が疲れる。
今まで散々考えてきたのだ。脳味噌を酷使してきたのだ。
今はもう、何も考えたくはない。
このまま海の底へ沈没して行く様に、真綿で首を絞められる様に、毎日少しずつ猛毒を摂取していく様に。
「甲……お前は知っているのか? 世界が平和な事を。お前が必要とされていない事を。
――私と同じ、『不要品』だという事を」
「ヒヒヒ」
「あぁ。」
答えながらそのまま後ろに倒れ込む。手を離したので、寝台に沈んだのは私だけ。
「そうか。ははは。……なら、良かった」
薄暗い天井を見詰めてボンヤリ呟く。甲へ目を向けると、丁度振り返ったそれと目が合った。相も変わらずニヤニヤと、何がそんなに可笑しいんだ。訊いてみると、答えはやっぱり「ヒヒヒ」だった。
「おい甲」
呼びかけて、広げた手でちょいちょいと招く。
「来い。」
そう命令してみると、本当に来たから驚いた。
私の骨ばった肩に頭を遠慮なく乗せている。もう片方の肩には手を掛けている。
抱き付くとかそんな人間らしい事じゃなくって、ただ乗っかっているだけだ。
甲は従来のサイボーグの様に超重量ではない。寧ろ見た目以上に軽い。
何せこの私が作ったのだから。
この私が。
私のモノ。
私だけの。
「……………」
抱き締めた。鍛えられた背中を撫でる。
頭部装甲に口付ける。触れる程度の、甘え程度。
甲が顔を上げたので額同士を合わせた。
「ヒヒヒ」
「笑うな」
苦笑交じりに頬を撫でつつ言ってやった。
特に動く様子も無いので、そのままゆっくり接吻する。
思ったよりは柔らかいが、そこまで柔らかくはない。薄っぺらな唇だ。
舌で丁寧に口唇の輪郭をなぞる。
元々緩く開いていた甲の咥内に舌を這わせる。
甲が口を少し開いた。
「――ふは、……」
「 ……――、 ……、」
思わず掻き抱いて引き寄せて、舌を絡める。
兵器の口を舌で犯す。
甲は基本的に無抵抗だが、本能の仕業か私を真似てか、ほんの時折僅かだけ舌を動かし、私の舌と触れさせる。
私はそれに何とも言えない気持ちになる。
唾液が混ざる音を響かせて、口唇の合間から息を漏らして、顔の角度を変えて、より深く。舐る。貪る様に。
私ももう年だし、元々性欲も皆無に近いので、自分の陰茎を挿入したいとかはあまり思わない。
寧ろ疲れるから結構だ。
……ただ触れ合っていたい。
この不要品と。
愛していない。
手放したくないだけ。
エゴで結構。
「ん、 ……――っふ」
唾液滴る深い口付けの合間、甲の吐息がヒュッと漏れる音が聞こえる。
肩に置かれた甲の手に先より力が籠っている様な気がするのは、私の願望か錯覚か。
愛していない。
だが、甲が居れば、もういい。
他に何もいらない。
このままでいい。
そう思うぐらいに、私は頭がおかしくなっている。
「甲……何処にも行くな」
ゆっくり口唇を離すと唾液の糸が伝う。
「壊れるまでここに居ろ」
額を合わせて柔らかく告げる。
「私と死ね」
柔らかく、優しく、エゴ。
「死ね」
優しく甲の首を絞める。
「――甲……」
無意味だと知っている。甲が窒息なんぞするものか。
いつもの引き攣った顔で私を見ている。首を絞められたまま。平然と。
私はそれを見上げている。薄ら笑って、平然と。
どうして触れ合うのに一々『愛』だとかそんな理由が必要なのだろうか。
腕に力を込める。
ギリっ。
「なぁ甲」
「ヒヒヒ」
「なんなら殺してしまっても良いんだぞ、私を」
「ヒヒヒ」
「……、………そうか。分かった」
「ヒヒ」
「好きだよ甲。愛してはいないが」
「ヒヒヒッ」
「そーか」
笑って、爪を立てた。
ギリっ。
●
この錆び付いた様な日々を幾つ垂れ流しただろうか。
――終わりは見えている筈なのに、感じ取る事の出来ない、薄気味悪い日々。
薄気味悪くて酷く甘ったるい、吐き気を催す24時間。
その日。
締め切られた、隔離された私の世界に来訪者が現れた。
壊れかけたベルが鳴る。
――かつてこの研究所で、共に『戦争』をしていた同僚。
或いは、かつて『友』と呼んだ数少ない男。
「……久し振りだな」
かつて何人もの学徒達と夜明けまで議論を繰り広げていた広い机。埃の積もった薄暗い部屋。
対極に座した私達。互いの目を見る事もなく、この鬱屈した重い重い空気を共に吸い合う。
「何の用だ……今更。また戦争でも始まったのか?」
皮肉たっぷりに微笑んでやると、同僚は「まさか」と眉根を寄せた。「冗談は止してくれ」とも言った。
気分でも悪いのか、同僚の顔色は頗る悪い。死人みたいだ――死人同然の生活を送る私に言われちゃあ、ざまぁないものだ。
「実は……」
実は、何だ?
私は続きを期待した。
おっと、断っておくが私は『戦争が始まった』とか『世界が貴方の技術を必要としている』とか『謝りに来たんだ』とかそんな甘っちょろい下らない事は塵ほども思ってはいなかった。あぁ、塵ほども。
夢を見るくらいなら眠りたくない。目蓋など要らない。その時の私はそんな気分だったのだ。
サテ。
「『実は』、……何だ?」
思わず口角が吊り上がってしまった。私の顔はやつれにやつれているから、きっと同僚の目にはそれはそれは薄気味悪く映ったことだろう。
現に、彼の眉間の皺が更に深まった気がした。
「………政府は、世界は……君を裁くつもりだ。大量殺人者として」
「ほぉ……。――で?」
期待通り。予想通り。
逆に思った通り過ぎてつまらない。
しかし生憎、私の予定はきっと死ぬまで真っ白だ。時間なら幾らでも浪費できる。
嗚呼、怠惰な生活万々歳。
「誰もが君の謝罪を求めている………悪い事は言わない、出頭するなら今の内だ」
彼は私の反応を以外と思った様だ。全く、私を誰だと思っているんだ。何年もここで私と共に励んできた者の癖に。
私は表情を変えず、寧ろ傲慢、尊大とも言える態度で話を聞いた。敢えてそうしてるのでもないし、改めるつもりもない。
私が返事をしないので、同僚は益々言い難そうに――まるで咥内に大量の粘菌を飼っている様だ、と私は感じた――言葉を続けた。
「君の居場所はとっくの昔に政府にバレている。……近い内に、政府の軍がここへ押し掛けてくるだろう。そうなったら君は、晒し者にされた挙句に嬲り殺しだぞ。名誉も何もかも踏み躙られるんだ」
そうなる前に――と彼が言いかけたのを、私は「だから何だ」と遮ってやった。
「――だから何だ」
もう一度繰り返す。
ああ、こんなに顔面がニヤけるのは、そしてこのニヤけが止められないのは一体、何時以来だ?
「『戦争』を仕掛けられるなら、『戦争』で応えるまでだ。それが私の……、『大量殺人者』の、『悪魔』の、『天才』の、『キチガイ』のやり方だ」
あー、言ってやった言ってやった。
胸がスカッとした。
それでも同僚は未だ何か言いたそうだった――ので、私は極力人当たり良く彼へ微笑みかけてやると、言う。
「甲。やれ」
そこからは一瞬。
当たり前だ、甲の動きを肉眼で追える生物は居ない。
私の正面、席の対極、真っ黒焦げの炭人間になった、私の同僚だったもの。
空間が歪んだかと思えば、ステルス機能を解除した甲が私の横に現れる。
同僚は甲が、その兵器の一つである熱線で焼き殺したのだ。
呆気ないものだ。
何十年生きても、死ぬ時は一瞬。それで終わり。
きっと同僚は『自分が死んだ』という認識も無く逝ったのだろう。
死ねばただの物になる。
虚しいものだ。
チンケなものだ。
きっと私もあぁなるのろう、近い内に。
それでも構わない。
長生きした者が偉いなんて法律はない。
死ねば誰だって一緒。
『死』は誰にでも平等だ。
気紛れな神様が唯一誰にでも何にでも平等に与え賜ったモノだ。
「ヒヒヒ」
「あぁ、はいはい。たいへん良く出来ました。お利口さん」
声に一々気持ちを込めるほど感情的な人間ではないので、言葉という音だけを発する。
しかし次からはキチンと感情を込めてやった。甲の方を見遣る。
「良かったじゃあないか、えぇ? 戦場に行けなかった殺人兵器が、今ようやっと『破壊』をしたぞ。ハハハ。良かったなぁ、良かった良かった。はっはっはっ。生まれて初めてお前は役に立ったんだ」
「ヒヒ」
「なんだァ、お前も照れたりするのか。くっくっくっ。――おめでとう、これでお前も、晴れて『人殺し』だ………私と同じで」
「ヒヒヒ」
焦げ臭い臭いと、甲の引き攣った笑い声とが部屋に漂う。
いやはや、全く。
滑稽だ。
「おいで」
私は甲へ手を広げた。
「ヒヒヒ」
殺人兵器は素直にやって来る。
これは私にだけ忠実、私の命令しか聞かない人形。出来る事は物凄く限定的だが。
やって来た甲を抱き寄せる。雑く抱き締める。遠慮なく腕に力を込める。
「……戦争を」
抱き寄せた事で私を跨ぐ様な姿勢になった甲の聴覚のすぐ近くで、囁く。
「戦争を、しに行こう」
●
露わになった甲の身体は、本当に人形の様だと、思う。
毛も無い、乳頭も生殖器も無い、鼓動も聞こえない。
その癖に私より温かい。触り心地も人間のそれ。
「はぁ………っ、……」
甲の首筋を舌で舐め上げる。無機質で温かい背中に手を這わせながら。
柔く舌で人形の肌を穢す。唾液の痕。
噛んでも口付けても痕はつかないし、引っ掻いても同じ事。私は甲を傷つけることは出来ない。だが穢す事は出来る。
膝の上に跨らせた甲の後頭部を掴んで引き寄せる。
噛みつく様に口を口で塞ぐ。いや実際に噛みついてみたりしてみる。
「 ――~っ、……」
口を塞ぎ、舌を絡め取っているので甲は声を発する事が出来ない。ただ声になり損ねた空気の音。
何故かそれに酷く劣情が煽られた。
「……っくは、凡骨人形の癖に……――甲、」
顔の角度を変えてより深く、籠もる咥内の熱を共有して、舌を摺り寄せて。
ほんの時折だけ蠢く甲の舌を執拗に舐り、嬲った。呼吸不足で息が上がるのもそのままに。
甲が両手を私の肩に乗せた。私は片手で甲の身体をゆっくり、背中から脇腹、臀部、太腿へと撫で下ろして行く。
生殖器の無い股座へ指を這わせる。当たり前だが、甲は無反応で無抵抗。
喘いでみろ、とも思うが、煩いのは嫌いだ。
何もないそこを指で弄ぶ。皮膚で味わう様に、ゆっくり。甲の中を皮膚で舐る。
「は、……」
舌を口唇に乗せたまま顔を離した。
唾液の糸が互いの舌に伝う。
淫靡だ。
「……ヒヒ」
奴は笑う。引き攣った顔面で、口端からだらしなく唾液を伝わせて。
「っくく」
私は笑う。どんな顔をしているのかは知らない。見えない。
「可笑しいか」
可笑しいか。可笑しいだろうな。
指を抜いて自らの屹立をねじ込む。相変わらず狭苦しい。尤も、苦しいのは私だけなのだが。
犯している側だけが苦しいなんて可笑しな話だ。
……人形相手に勃起出来るのも可笑しな話だ。
ゆっくり埋めてゆく。私ばかりが汗を滲ませ息を吐いて時折呻いて、どちらが犯されているんだか。
「はーっ………はぁ、」
甲の背中に爪を立てる。
「……っく、」
甲の背中に爪を立てる。指の関節が痛む程。
そのまま思い切り引っ掻いた。ゆっくりゆっくり、肉を抉る様に力一杯。
「うぅ、ぐッ、……く、は、はは、ははははは」
べり、べぎ、痛みと共に脳へ届いたのは私の爪が割れた音だ。
痛い。楽しい。
私の陰茎も甲の体内に挿入しきった。
「ははッ、甲ぇ……ハハハハハハハ」
こんなにも愉快。あぁいい気分だ。
甲を抱き締めたまま、その背中を滅茶苦茶に引っ掻き回す。当然甲に傷を付ける事など能わず、ただただ私の指が、割れた爪から溢れる血液に滑るだけ。
甲を傷付けようとすれば、私が傷付く。
甲を苦しませようとすれば、私が苦しむ。
可愛いじゃないか、私の与えるモノをそっくりそのまま100%で返してくれるなんて。
「くく、く」
「ヒヒヒ」
「そうかそうかァ、くっくっくっ」
甲の首元に顔を埋めて。
苦しませる為に苦しいだけの律動を行って。
痛めつける為に痛いだけの行為を味わって。
「愛してるよ甲愛してる愛してる世界で一番愛してる」
「ヒヒヒ」
理由も意味も必要も無い音を口から漏らす。
ぐち、ぐち、べき、ぱきっ、ぎし、
肉が淫らに擦れる音と、脆い爪が割れる音と、甲の笑い声と、私の笑い声と、呻き、吐息、椅子が軋む。
私の手は真っ赤になっていた。指先の感覚がない。
きっと甲の背中は血だらけだろう。私の血で。ざまぁみろだ。自己満足だ。ただの自慰だ。
「はー……はぁっ……はぁ、はは」
赤い手で甲の顔を包んだ。
親指で撫でれば赤い線が付く。
「……甲」
「ヒヒヒ」
――甲には人間性も人格も無い筈なのだが
脳の何処か、脊髄の何処か、はたまた細胞の何処かに、まだ残っていたのだろうか。
この私にも理解出来ない、得体の知れない『何か』が。
「……―――」
甲からの口付けを受けながら、そんな事を思った。
触れるだけの。口唇同士を引っ付けるだけの、まるで児戯。
「……誰がいつそんな事をしろと命令した?」
触れ合った儘の口で蔑む様に囁く。
甲の背に手を回し、抱き寄せて、口付けた。
舌を入れて。何度も突き上げて。揺さぶって、犯して、血を流して。
痛い。苦しい。
気持ち好い。
つまるところ、私はこの殺人機に夢中になっていたのだ。
手放したくない。
エゴでいい。それが何だ。何だと言うんだ。
傍に居て欲しい。
死ぬまで。死んでも。
独りは嫌だ。
私は所詮人間だった。
ただの。
ただの人間。
馬鹿な人間。
「っ、ぅ……」
「……ヒヒヒ」
甲は私に従順で。
甲は私を裏切らない。
甲は私を傷付けない。
甲は私を――
愛していない。
「それでもいい……それでも、いいんだ、甲」
愛していない。
愛していない。
「愛してる」
愛していないけれど。
「愛してる」
私は甲を愛している。
世界で一番愛している。
様々な体液にまみれた儘、私は甲をいつまでも抱き締めて居た。
●
戦争を
戦争をしに行こう。
「……甲」
「ヒヒヒ」
真っ赤に染まりきった部屋の真ん中。
私は煙草を銜えて、少し前にいる甲の背中を眺めている。
真っ赤な部屋。
私を『迎えに来た』者達のミンチと体液でリフォームされた腥い部屋。
「……フン、政府軍が呆気ないものだな」
短くなった煙草をその辺に投げ捨てて口角を持ち上げる。煙草の火は血の海に消えた。
「ヒヒ」
私の声に反応したのか甲が振り返っていた。
流石は私が造った殺戮機械。傷一つないし、返り血しかない。
――兵器には血が似合う。
無機質な彼らが唯一生き生きと輝く瞬間。
「くくッ。」
ならばもっと飾ってやるさ。彩ってやるとも。
私の可愛い兵器の為ならば。
私は歩き出す。
ゆっくり。ゆっくり。
擦れ違う甲の頭を雑く撫でて。
「行こう」
私は歩き出す。
外の世界へ。
戦争をしに行く。
――はて、外の世界とはこんなにも眩しかっただろうか。
今何時だろう、なんて、研究所の外。
明るい日光に目を細めながら思った。
「ノーマン博士ですね」
私の正面には大型兵器がいる。これはパイロットの声か。キラリと政府軍のマークが光った。
私一人をとっちめるだけなのにわざわざこんな大きなガラクタをなぁ……なんてボンヤリ思っていると、何でも友軍との通信が切れただの、中の様子がジャミングで確認出来なかっただの、もう逮捕ではなくこの場で処刑するだの、キチガイだの。
「……怒っているのか?」
世界平和の為にお前を殺す、だとさ。
質問に答え給え、と呟いてやった。
装備武器の銃口がこちらを向く。そして問うてきた。
その兵器はまさか、と。
「改造生物超兵器『甲』。……私の可愛い人殺し機械だよ」
「ヒヒヒ」
私の横に並んだ甲が楽しげに口元を引き攣らせている。
キチガイめ、と大型兵器が毒突いた。そうそう、良く言われたよ。勝つ為とは言え生きた人間で兵器を作るんだから、当初は沢山反対されたものだ。
でも、そのお陰で。
戦場に飛び立って行った大量の甲兵のお陰で、我が国の戦局は一気に優勢へとひっくり返ったのだぞ?
あの甲兵達が今、どうなっているかなんて私は知らない。
「やれ甲」
「ヒヒヒ」
取り敢えず今重要なのは、大地を海を空を片っ端から燃やし尽くしてきた破壊兵器の生き残りが私の側に居る事。
大型兵器が爆ぜる。
甲が光弾を空に放つ。空が真っ白に輝きに満ちたかと思えば、それが幾線もの光となって降り注ぐ。
あちらこちらで爆音。研究所周りに在った有象無象が薙ぎ倒されてゆく。
甲の的確な狙撃からは逃れられまい。この輝く白い雨は破壊の雨。喰らえばただでは済まないだろう……なんせ私が造ったのだから。
ああ、空が美しい。
誰もいない。静かだ。
ここから――甲に抱えられて上空から見る景色の何と美しい事か。
私の指示通り、火の海と化してゆくその景色の。
客観的に見る阿鼻叫喚の地獄模様。
戦争だ
戦争だ
お前達の期待通り、戦争をしに来てやったぞ。
「ハハっ。」
迎撃に来たモノも片っ端からぶっ潰す。
逃げ惑うモノも何もかも吹き飛ばす。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
心からの笑みが零れた。
ああなんて愉快なのだろう
ああなんて私は幸せなのだろう!
私は今、生きている!
世界は
こんなにも
美しい
「甲」
「ヒヒヒ」
「うん」
「ヒヒヒ」
「そうか」
「ヒヒ」
「愛してるよ」
「ヒヒヒヒヒ」
抱き締めた。
抱き締められた。
私より温かい。
私だけの人形。
私だけの。
……何千何万と迫る砲弾も
光の束も
怖くない。
私には甲がいる。
私の最高傑作。
私の人生そのもの。
私の全て。
手を、
――伸ばした。
●
――これは誰からも忘れ去られるであろう私のお話。
死に逝く中の夢であり
紛れもない事実であり
……まるで甘い白昼夢の様な
兎にも角にも言える事は
世界はとても美しく
私は確かに幸せだった。
『了』
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