アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
梔子
-
この世界には、六つの性が存在する。
否、存在していたと言っていい。
女性、男性のほかに、α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)と呼ばれるそれは、女性が社会進出目覚ましくなった辺りから、著しくその特徴をあらわしたのだと、俺たちの教科書にはそう書いてある。
人類は、宇宙にまでその活動域を広げた。その結果、従来の性差はそれほど意味を持たなくなり、代わりに出てきたのが、本来備わっていたといわれるこのαΩの性質だ。
今や、女性は希少種で、かつ、大体が高い地位を持つために、平民は女性と出会えようもない。そういう意味では、平民の世界では、女性という種は絶滅したと言っていい。この世界には、大体α、β、Ωの、三つの種が存在している。
旧時代の地球に生まれたかったのだと我が身の不幸なんか嘆いていても、仕方ないだろう。
俺たち男性のΩというのは、生まれた時から極端に序列が低い。
妊娠できる可能性は極端に少ない。かといって、男性として、αやβと同じように繁栄できるわけでもない。ヒートという特殊な生殖のための期間が存在し、まともな職に就くことを阻んでいる。これは、旧世代で言う女性の月経に近い。近いが、周囲のαやβをさえ巻き込んで発情させる上に、渦中のΩはまともに立っていることすらできないのだから、月経よりも、数百倍は質が悪い。
だから、俺たちはマイナーな存在である。
公然と、というよりは暗黙の了解として。
俺は今年、22歳になる。
そろそろ、身を固めていいころだろう。
だが、Ωという存在は(政府の支援があるとはいえ)生きていきづらいのが、この世界の現状である。
ちょっとでも夜遅くに出歩けば危ない目に合うし、頼りになるのは自分だけと、経済的な自立を目指し勤め人をやればセクハラに遭う。どうやら匂いで俺がΩということは、周りに知れてしまうことらしい。
こんなはた迷惑な性質ゆえか、俺は親に棄てられた。孤児院で育ち、いつもぐっすり眠ることはできなかった。職員の目つきを見ていれば、眠り込んだら危険しか待っていないことぐらいわかる。
他人には、良い思い出がない。18で施設を出て、さて何をしようかと考えても、本当にまともな職への道が開かれていない。
まだ、首都に近いところに住んでいる分、俺はましなほうかもしれない。学校は地獄だったが、なんとか終了することができ、麻薬の売人やら売春夫やらまでひどい仕事はやらなくて済む。
でも、何をしていても危険はつきもので、そういう自分の境遇が嫌になる。嫌になりすぎて、自ら命を絶ってしまおうか、などと、弱気にもなる。
だが、弱気になっても腹は減るので。
そこで、俺は夜、焼き肉屋のアルバイトをしている。
焼肉定食屋のいいところは、その強烈な肉の匂いで、Ωの体臭が紛れてしまうことだと、店長は言った。
店長もまた、Ωである。(ただし、αの恋人がいて、割とまともに暮らせている部類のΩである。)店長は、俺のように真面目に働きたいがそうできないΩのため、焼き肉店をやっているのだった。
したたかに生きているだけでなく、同じ性質を持つ人間を助けているのは、尊敬できる点だと思う。
そして俺は、この仕事に満足している。
所詮、αだΩだβだという性質差は、食の前には無力だ。焼肉を無心になって焼いていると、そんな、現実的な思いに浸れていい。
俺は自らの性質に疑問を抱いている。旧世代にも、トランスジェンダーなどと呼ばれた人々がいたというが、俺もそれに近い。身を固める頃だ、などと思いつつも、未だにαやβの同性に身を任せることに、不思議なまでに戸惑いや苛立ちが強い俺である。恋愛なんて、考えられない。
死ぬまで一人でもいい。いや、一人でいたい。施設育ちで生々しい現実ばかり見て育ってきたせいか、αやβと恋仲になることは、まるで食い散らかされるような不快感しか感じず、考えただけでぞっとする。
いやだ、俺が俺の在り方を封じ込めて生きてかなくちゃいけないなんて。そんなの、果たして生きていると言えるのか。
そんな風に感じながら生きていた矢先、彼に出会った。
彼は、ほかのαやβの多分に漏れず、俺のことをやはり慰み者にでもしようとしているようでもあり、でもどこか、違うようにも俺には思えた。
運命の番、という都市伝説にも似た言葉を、あまり信じたくはない。
運命だって?そんなものがあるなら、なぜ俺はこんなに不遇なんだ?
彼に出会った日も、俺には不遇が降りかかってきていた。
借金。俺の、顔も知らない親父が作っていた借金を俺は肩代わりさせられたのだ。
自分が借金の肩代わりに身を売ることになるなんて、思いもよらなかった。
人間オークションは都市の地下で行われていて、俺は特に目玉商品とかそういうわけでもなく、淡々と競りにかけられた。
それで、彼に買われたのだ。
よって、彼はそれなりに資産家ということだろうか。
彼に買われてからも、彼は俺の日常をそんなには変えようとしなかった。
俺は、昼は図書館に行き、夜は焼き肉屋でアルバイトをし、たまに彼に合わせて外出し、コンパニオンとしてなのか、色々なところを連れ回される。
最初は身を固くしていたが、一か月が過ぎても、特に何かを要求されるということはなかった。
Ωの俺に、嫌な思いをさせないようにしている。その点で、彼は異質な存在だった。
俺に赤い帽子を被せて、彼はよく、銀河ステーションに行く。カンパネルラと呼ばれるのは、もう慣れた。どうやら、彼は俺をそう呼びたいらしい。
「ご覧、カンパネルラ。あれがさそり座の一等星、アンタレスだ。」
地球にいたころの人間は、あの星々を繋いで神話を紡いでいたんだね、と、彼は俺に華やいだ声を向けて語る。
「はぁ。」
俺はこの人の話に、適当に相槌を打つ。
人類が宇宙を目指して早200年、太陽系をめぐることは簡単になった。
観光目的の宇宙船が、この銀河鉄道から発車する。
彼は子供のようなところがあり、この宇宙船に乗ることを楽しみとしているようだった。
ジョンジ・R・宇治原。この実業家の名前だ。
彼が、俺のご主人様であり、俺を生かすも殺すも彼次第なのだが、彼は俺を友達か何かのように、―悪くて飼い犬のように扱う。
それはホッとするが、だが、意図のわからない、不思議なことでもあった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 8