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梔子(3)
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だからと言ってまるきり信頼したわけでもなく、送って行こう、という彼の言葉に、俺はやんわりとした拒絶を示した。送り狼なんてされてはたまらないからである。常に、護身用の催涙スプレーは持ち歩いているが、まさか、今の俺の飼い主に使うわけにもいくまい。
そのまま銀河ステーションでお別れし、バイト先である焼き肉屋へ向かった。
美しいネックレスは、首に提げ、シャツの奥深くへ潜らせておく。
にしても、週末の焼き肉屋は人の出入りが多くて、おまけに季節柄、蒸し暑い。制服のワイシャツの胸を開けていたら、結局ネックレスは店長に見つかった。
ルール違反ではないにせよ、何となく落ち着かない気持ちになってしまうものだ。
「それ、誰からもらったの?」と店長は俺に訊く。
「自分で買ったとは思わないんですね」と言うと、
「だってそれ、誠(まこと)が買えるようなものじゃないくらい高価じゃない?」と言ってきた。そうだったのか、と、少し驚く。
「色々あって、もらったんです。」と言い訳しておいた。色々が指すいろいろは、小一時間にも及ぶ壮大な小話になってしまいそうである。店長に話すには時間が足りなすぎるし、多分、親の借金のカタに人身売買されたくだりで、店長は仕事も手につかないくらい憤慨するに決まってる。
店長は、育ちがいいのだ。親が裕福で、何より愛情深い。そんな店長には、俺の話なんか刺激的すぎる。Ωに生まれてしまって、それでも愛情深く育てられた店長には、他のΩのよりどころになれば、と始まったこの焼き肉屋の中に納まる話題くらいで、ちょうどいい。
「ふーん、色々、ねぇ、」
と、店長は何かしら聞き出したそうにしていたがやがて、
「気のある人で優しくしてくれる人がいるなら、早くもらわれちゃいなよ。若いうちだけだよ、ちやほやしてもらえるのなんて。」と言った。
来た、この人の、こういう断定的な物言いが、苦手だ。少し予言めいていて、いつも自分の足りない所を「反省しなさい」と言われているみたいで、窮屈な気持ちになったり、少し不安になるから。
でも、肉親がいたら、こういう余計なことを言ってくれる存在だったのかな、と思ったりもする。
「いやです、まだ恋愛なんて、わかりません。」と、俺は言う。
金で買われてる身で、相手を好きになろうなんて難しい気がする。
図書館から借りた本を読んだり、家でゲームでもしていた方がましだと思う。相手が優しいからと言って、いきなり好きな人に変わったりするほどには、俺は安くない。
「恋愛もなかなかいいもんだよ」と言いながら、店長は店の奥へ消えていった。
一週間後、俺はまた宇治原と会うことになった。
恋愛をしてたら、待ち遠しい日になったんだろうか。
でも、実際にはあまり深い感慨はない。まぁ、この人といると落ち着く、感じは、しなくもないけれど。
今日は水族館へ来た。
地球を離れてからの人類の博物誌には、色々な生物が登場した。銀河系には、意外と生物がいたのだ。
この水族館では、地球の生物と火星や木星の生物が一緒に入っていて。それがノスタルジックと言っていいような雰囲気を醸し出していた。
宇治原は、恐らく何回か来ているのだろう。貧しい俺はこういうのは初めてで、なんだかその格差に苛立ちつつも、何かわからないことがあれば宇治原に説明してもらっていた。
「宇治原さん、これはなんていう生き物なんですか。」と問えば、
「これは火星で見つかった道化クラゲというんだよ。学名は、アルレキヌス・アルレキヌス。」といった具合に、宇治原はすらすらと答えることができた。
これが教養の差か、と思う。それが主に、経済格差と属性の差で作られていると思うと、自分の生まれに悔しさが湧いてくる。生まれがどうしてこんなにも人生に関係してくるのだろう、畜生。
しかし、宇治原の話はとても面白くて、そんなに悔しがっている場合でもないくらいだった。
俺は、時間のある時は図書館へ行くが、宇治原もかなりの読書家らしく、しかも博物学の知識では俺は完敗するほどだった。
「楽しんでくれたかい」と、宇治原が俺の顔を覗き込んでくる。
「楽しかったです。ありがとうございます。」と俺は答える。
宇治原は嬉しそうに微笑んでいた。ひょっとしたらこの人は、何か自分よりも可哀想な人間に施しをすることが快感に感じるタイプなのかと、俺は邪推する。それぐらいに、なんで俺を選んだのかわからないし、俺は魅力的ではないと思う。
「今度は、山の中にある野原へ行こう。カンパネルラ。」君に、お弁当を作ってきてほしいんだけど、と、宇治原は言う。
人の気持ちを反らさないような感じのいい笑みで。
俺に拒否権はないし、あったとしても、別に行使したいとも思わない。
「わかりました」と言って、宇治原の好物を聞いてみる。
「僕は何でも好きだけれど、そうだなぁ、パンケーキがいいな。パンケーキを焼いてきてほしい。」
宇治原の目は、穏やかで、大きな犬のそれのように人懐っこかった。
カンパネルラ、と俺を呼ぶのは、銀河鉄道の夜ごっこなのかな、と俺は思ったりしながら、わかりました、焼いてきます、と、再度答えた
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