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静かなデッドヒート5
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「和臣なら喜んでイエスと言ってくれると思ったのに、あのときはすごくショックを受けたっけ……」
「もしかして、恭介が浮気をしたという決定的な証拠を見つけたとか、他にも何か誤解させる言動をやらかしたんじゃないのか? 和臣くんは勘が鋭いからな」
自分の言ったセリフで、胸の内にじわりと不安を覚える。
勘の鋭い和臣と一緒にいる、実直すぎるゆえに嘘がつけない恋人。何かの拍子に、隠していることをぽろっと口走りそうな気がしてならない。
「俺が浮気なんて、するわけないじゃないですか。サプライズを計画している最中にちょっとしたことで、誤解をさせてしまっただけなんです」
「うわぁ。サプライズしようと思ったら、違う意味のサプライズになったということか。最悪ぅ!」
取り繕うことに長けている榊だが、長年一緒にいる幼馴染みには騙しがきかなかった事実を聞き、言いようのない不安感に駆られた。
「……橋本さん?」
あまりにも不安になったせいで顔を俯かせたら、榊が声をかけてきた。いつものやり取りなら、自分がおちょくって盛り上がっている場面だったせいもあり、余計に心配したのだろう。
「聡い和臣くんの傍に雅輝がいるっていうのが、俺としては引っかかってしまってな」
「あ~、確かに。だけどバレたとしても、俺は大丈夫ですよ」
橋本に気を遣って笑いかける榊に、微笑みを返すことができなかった。
告白の相手を知らない榊だが、その相手を知ってしまったら間違いなく、この笑みが消え失せてしまうのが分かる。そして和臣が過去の自分の気持ちを知ったとき、どんな心境になるのか――。
「俺としては、あまり大丈夫じゃねぇな……」
「大好きな宮本さんが和臣にねちねち責められると思ったら、居ても立っても居られない感じでしょうね」
「そういうことに、しておいてくれ」
橋本が榊に返事をしたそのとき、聞き慣れたインプのエンジン音が聞こえてきた。音に導かれるようにやって来るであろう宮本たちを待ち構えていたら、いたって普通の運転で傍らに停められた。
神妙な顔の宮本が先に降りてくるなり、無言のまま橋本にぎゅっと抱きつく。
「雅輝?」
大きな躰を震わせながら顔を俯かせているせいで、恋人の表情はまったく分からなかったが、漂わせる雰囲気で何かがあったことは明白だった。
しばしの間のあと和臣がインプから降りてきて、ゆっくりとした足取りで榊の前に向かう。その顔色は、峠を下るときと変わらない様子に橋本の目に映った。
「恭ちゃん、すっごく楽しかったよ。宮本さんは、本当に運転が上手だった」
和臣の口から名前が出た瞬間、橋本の腕の中で宮本がびくっと躰を痙攣させる。過剰な反応に驚きながら、榊へと反射的に視線を飛ばした。
榊は何かを探るように和臣を見つめたまま何かを喋りかけたが、息を飲むように口を引き結んだ。目の前にある和臣の大きな瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「恭介……」
橋本が声をかけたが榊はそれに答えず、弱りきった表情を浮かべる。
(ああ、和臣くんは俺の気持ちを知ってしまったんだな――)
「あれれ? 今頃になって、宮本さんの運転のすごさが伝わっちゃったのかな。泣いちゃうなんて情けない!」
流れた涙を拭いながらカラカラ笑う和臣の声が、暗く沈んだ雰囲気を一掃した。
「和臣くん、あの――」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、橋本が思いきって話しかけたら、ふいっと背中を向けられてしまった。そんな和臣に榊が「おい……」と声をかけながら、振り返ることを促すべく肩に手を乗せる。
「橋本さん、宮本さんが運転で疲れちゃったみたいなので、このまま帰りませんか?」
榊の行為を無視したままちょっとだけ顔を上げるなり、大きな声で話かけてきた。
和臣に背中を向けられたまま告げられた行動は、多少なりともショックだったが、 腕の中にいる宮本の気持ちを優先し、提案されたものにありがたく乗っかろうと考えた。
「分かった。雅輝、助手席に乗れるか?」
宮本の肩に腕を回して助手席に誘導しながら歩かせて、そのまま座らせる。榊たちも黙ったまま、それぞれ後部座席に乗り込んだ。
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