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どうせもう直いなくなるなら、こんな話したこともない社員に何を言おうが関係ないだろう。
「……解雇になった。」
「解雇?君が?」
「さっき突然言われたんです。…何か失敗をしたわけじゃない、しいて言えば何もできなかったのかもしれないけれど。」
俺が力なく言うと、男は足を組んでわざとらしく顎に手を当てた。
それからじっと目を細めると一言
「人事からそんな話聞いてないけどなぁ。」
と呟いた。
補足すると、この男は俺とそんなに年齢は変わらないように見えた。
そんな男がこの会社の何を知っているんだろう。
…いや、俺と正反対で仕事のできる男であればその可能性は低くないのかもしれない。
ぼーっとそう考えていると男は続けた。
「名前、教えてくれる?」
「…ヨシノ、コウです。」
「漢字。」
「草冠の芳に、野原の野、…幸せと書いて幸。」
「幸せ?あっはは、名前負けしてるねぇ。」
そういわれても仕方ない状態…にしても、情けない。
俺がじっと睨むと「ごめんごめん。」と適当に笑って手元のスマホを操作した。
行き場に困った眼は指先へ向く。
整えられた爪、毛一本無い指。
深爪の上に割れた俺の指とは正反対だった。
細い指は数回スワイプとタップを繰り返すとスマホから目線を上げて小さく笑った。
「やっぱりないね。だって、うちの会社そこまでは落ち込んでないもん。…どうせ追い詰めて自己退社に持っていくつもりだったんじゃない?」
「は………?」
目の前が真っ白になる。
そんなことあるか…?
別に誰かに悪態をついたわけでもなくそれなりに他人さまのために働いてきたつもりだった。
「幸君さ、君優しいよね。普通解雇の理由も聞かずに受け入れる?俺なら出来ないなぁ。だって君、生きていけなくなるのに。」
「……なんとなく受け入れてしまいました。反論する理由もなくて。」
「だからこういう事されるんだよ。どうする?まだこの会社に居たい?」
長い髪の分け目から目が合う。
俺は知らない男のスーツを握りしめて頷いた。
まだ居たい。
それなりに打ちのめされてきた人生だと思う。
辞めるように追い込まれたくせに、なんでそれでも会社にしがみつくんだ?
仲の良いやつもいない。
給料だって特別よくない。
でも、どうせ死ぬ予定だったし。
「気に入った!いいじゃん、根性あるじゃーん。」
「……でもそんな権力あるんですか?」
「あるある。でも部署とかは決めれないからその辺はもう少し偉い人に任せるね。」
にっこり笑うと片手でバンバンと俺の肩をたたいた。
握りしめたスーツは胃液でぐっしょりと濡れて、シンとした空間に俺の吐く息の音だけが聞こえた。
「俺は追木生駒。よろしく、幸君。」
追木……?
その瞬間息が止まった。
この会社の名前と一致する。
差し出された手にはシルバーのバングルが光っていた。
俺は恐る恐る胃液だらけになったスーツを見下ろす。
襟に光る、青いバッチ。
……これは役員しか持ってないはずの。
「え、気付いてなかったの?社長の甥っ子、ばりばりのコネで役職ついてる生駒君ですよ。」
語尾にハートが付きそうな声でその男は笑うと、俺の手を無理やりに握った。
笑顔と裏腹に芯まで冷えて氷のようなその手に俺は思わず小さく悲鳴を漏らす。
「大丈夫、案外何とかなるよ。人生ってさ。」
人の死も見たことない 甘やかされたお前に何がわかる。
そう言おうとして飲み込んでやめた。
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