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「おじゃましまーす……」
当たり前だけど日崎の家には日崎のにおいが溢れていて、一歩踏み入れただけで日崎に包まれたような錯覚におそわれる。
日崎の家は結構普通というか、俺の家もそうだけど典型的な一軒家といった感じだった。
いつもは脱ぎ捨てるスニーカーも細心の注意を払って、でも不自然にならないようにきれいに脱いだ。
こっち、と日崎に導かれるままに進むと、そこがリビングだった。
「こんにちは、くつろいでってね」
テレビの向かいに配置されたソファで手をひらひら振る男性が、日崎のお兄さんだった。
それはこの家にいるからわかったのもあるけど、街中で会っても分かるぐらいによく似ていた。
「じゃあオレ、自分の部屋で着てくる」
「着れるの?」
「……たぶん」
日崎がパタパタと階段をかけ上がっていき、俺はお兄さんとリビングの隣の和室に入った。
「ごめんね、柊が迷惑かけてない?」
"柊"が日崎のことだと理解するのに時間がかかった。
「い、いえ!俺の方がお世話になってるというか、いろんな体験をさせてもらってるというか……」
ならよかった、と笑う目元が日崎の目元と重なった。
目元だけじゃなくて口とか髪色とか、大体の形は似てるけど、お兄さんは日崎よりも柔らかくて、憂いを帯びた空気を纏っている。
俺があまりしゃべるのが得意じゃないのを察したのか、それ以降お兄さんが話しかけてくることはなかった。
無音を衣擦れの音と僅かな呼吸の音だけが満たしていたが、不思議と嫌な沈黙じゃなかった。
──そこも日崎といるときとよく似ている。
俺が着せてもらったのは紺を基調としたシンプルな浴衣で、日崎の見立て通り丈はぴったりだった。
デザインも気に入ったけど、何より自分が着ているものが日崎と同じ柔軟剤のにおいがすることに、ささやかだけど心を満たす幸せがあった。
「いいじゃん」
日崎が俺の浴衣を指差して微笑んだ。
お兄さんに手直ししてもらった日崎は緑の浴衣を着ていた。
「日崎も、よく似合ってる」
俺が率直に褒めると、日崎は予想以上に上機嫌になって、俺のギターケースと俺の腕をつかみ、玄関から飛び出していった。
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