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心の掌握②
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遠い意識の隅で、誰かの声がする。
優しい声。おれを心配している、兄の声。
ぽん、ぽん、と暖かい手がおれの頭を撫でてくれる。
「にい…さん…?」
暖かい部屋。ふかふかのベッド。
雨の中ずぶ濡れで倒れたはずなのに、どこも濡れていない。
あぁ…これは夢に違いない。
最期の夢なら、このまま冷めずに逝ければいい。
あの頃の生活が戻るわけがないのだから-----
「起きた?おっと、まだ眠いかな」
その暖かくて聞き覚えのある声に、確かめずにはいられなかった。
おれは目を開けて、頭を撫でるその人を見上げた。
おれと同じ紫かかった黒髪。長くすらっとした猫耳が知的にみえる。
「にいさん…なの…?」
兄と生き別れたのは、もう8年も前だ。
おれはまだ7つで、兄の顔は朧げな記憶だけれど、その髪と眼と、暖かい声は覚えている。
もう死んだものと聞かされていた-----どうして。
「兄さん、ね。君がそう思うならそうかも」
曖昧な返事。
「でも残念ながら、お兄さんがしないようなひどいことを、僕はするよ」
「…ひどい、こと…?」
「まぁ、その前に体力を回復しよう。お兄さんのように優しくしてあげる」
兄さんのようなその人は、マグカップにクリームスープを注いでくれた。
いい匂い。マグカップに触れると手のひらがじんわり温かくて、涙が溢れた。
「…っ…」
「熱かったかな?貸してごらん」
その人はマグカップを手に取ると、スプーンでかき混ぜて掬った。ふぅ、と息を吹きかけて冷ますと、おれにすすめてくれた。
「ほら、大丈夫」
舌に温かいスープが広がって、こくんとそれを飲み込んだ。それは喉を通って、おれの内臓を満たして、心までしみていく。
お兄さんが神様のように見えた。
「ね。ゆっくりでいいよ」
お兄さんはスープが適温に冷めるまで、そうしてスプーンでスープを飲ませてくれた。
どうしてこんなに良くしてくれるんだろう。
本当に兄さんなの?
「君、名前はなんていうの?」
「…くおん。久しいに遠い。」
「久遠。君のお兄さんの名前は?」
「しおん。紫の音で、紫音」
「そう、いい名前だね。紫音。じゃあ僕のことは紫音と呼んで」
その言葉の意図はわからない。
目の前のお兄さんが何を考えているのか。
兄なのか、からかっているだけなのか。
でも、この人は紫音だ。その容貌と声にその名前がしっくりくる。
「…紫音」
「なに、久遠」
ただそれだけのやりとりに絆がひとつ繋がった気がした。
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