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【第一話 どんぐり】
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【第一話 どんぐり】
Nevermoreと啼く烏さえ現れず、後悔の夜に包まれては絶望の朝を迎え、虚無の昼を過ごし、いつの間にか日は暮れる。
人生を無駄にし続けて、今日がやってくる。
昔にイロイロあって引きこもりがちになった僕を、世間は飽きて忘れてくれても親族はそうもいかず、わざわざ本家の子供が来るらしい。…………来た。古風な呼び鈴が鳴って、シヅさんが来客を迎える音がする。足音、玄関を開ける。話し声。笑い声。足音。
そして。
「こんにちは」
目の前に座った少年は、僅かな緊張を含みながら微笑んだ。板についた愛想笑い。整えられた黒髪。ピンと伸びた背筋。目解家一族にありがちな、長身痩躯。大きめなサイズの、無地の黒っぽいTシャツ。生地はしっかりしていて、安っぽさなさはない。私服も親の監視下で選んでいるのだろうか。だとすれば、襟つきのシャツでないことに微かな違和感。…………………まっすぐ僕を見つめる瞳。生きている人間のきらめき。どこか懐かしさを感じるのは、以前彼の父親とよく会っていたからか。好奇心旺盛で真面目な人だった。戻らない日々。物騒で奇妙で、しかし幸福だった日常。
和洋折衷の過ぎる部屋で彼は畳に正座をし、僕は華奢な造りの籐の椅子に腰かけている。挨拶を返したらそれが会話の始まりになるとわかっていて、僕は彼に言葉を発しない。脚を組み頬杖をつき、わざと冷めた態度で彼を見下ろしても、子供は緊張してばかりでこちらの思惑に気付かない。
席を立って、台所へ向かった。
「シヅさん」
やっぱり追い返してもらおうと家政婦に声をかけたが、彼女は出掛ける支度をしていた。
「…………シヅさん」
「あら、はいはい。なんでしょう。お茶?」
「違う」
「二人だけで過ごすようにってのが奥さまからの言いつけですもの。じゃ、あとは若いお二人でごゆっくり」
「……………使い方が間違ってる。見合いじゃないんだから」
「私より若いでしょう」
六十代の彼女はさらりと言ってのけ、勝手口から出ていった。おおぶりのイヤリング。化粧し直した顔。大胆な白い花が咲く青のカットソーと、ラフなベージュのズボン。お気に入りのショルダーバッグ。微かに残る香水の匂い。またお友達とお芝居でも観に行くのだろうか。意外と彼女は派手な服装を好む。それにしても今日は気合いが入ってるな。
仕方ないから自分で追い返すかと、部屋に戻ったら、彼は髪を引っ掻き回していた。
服装もさっきと違う。
下は同じだが、白地にどんぐりのパターン柄のTシャツになっていた。どんぐり。
どんぐりって。
「あ、戻ってきた」
パッと僕を見た彼の顔はさっき認識したものと同等なのでほぼ間違いなく同一人物ではある。同一人物ではあるが、パーマをかけたようなくしゃくしゃの髪に変な服、少し猫背、気の抜けた表情。なんなんだこいつは。先程よりは年相応だがそれにしたって猫かぶりが凄い。まるで変装だ。
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