アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5
-
やめてくれと懇願した声は震えていて、急激に昂った感情が結露するのをおそれて僕は固く目を閉じる。思い出したくない。忘れてはいない。何一つ。愛すべき人達。頼もしい親友。慌ただしく、苦しく、つらく、けれど最高に楽しかった日々。
当たり前に続くと思っていた日常。
全部失う日がくるなんて、考えてなかった。
「ごめんね」
謝る少年の声。ようやく他人の存在は剥がれて、けれど熱は残っていて、僕は目を開けて身を起こす。叱られた犬のようにちょこんと座った少年に、声をかけてやりたかったが喉が痛くて言葉なんか出てきやしない。痛い。痛い。ずっとどこかが痛くて痛くて痛くて仕方ない。
悲しい。
つらい。
折角解放されたのに、今度は僕から彼に手を伸ばす。肩に触れる。君に怒ってるわけじゃないと、ようやく言葉を吐き出せた。
「……うん。でも、つらくさせた。ごめんね」
「大丈夫だよ。君の謝ることじゃない」
「昔の話NG? そしたらもう聞かないよ」
「…………そうしてくれると助かる」
「うん。ごめんね」
またもや彼は僕をその腕に抱く。初対面でこんなにベタベタ触ってくる人間は初めてだ。彼の父親も相当変わり者で、よく僕を研究対象としてジロジロ眺めてきたが、あれよりも強烈だ。よしよしと囁いては頭を撫でて、ぎゅーっと呟いては僕を強く抱きしめる。さすがに笑ってしまう。なんなんだ、この生き物は。
「………子供じゃないんだから」
「他に慰めかた知らない……」
「どこで買ったんだよ、その服は」
「可愛いでしょー。どんぐり」
ここにねえ、一個でぶっちょどんぐりがいるの。彼は何故か誇らしげに脇腹を指す。確かに、丸いどんぐりが一つ。
「クヌギのどんぐりだろ」
「えっ、クヌギ?」
「他はマテバシイだな」
「えっ、えっ、」
また彼が目をキラキラし始めたので、会話は成功だなと思う。あれ以上話したくない。子供を悲しませたくもない。
「……最初に着てた服はどこ行った」
「あ、これリバーシブルなんです」
彼が裾をひらりとめくって、黒地を見せた。
「あら便利」
「やっぱかしこまって行かなきゃと思ってさあ。地味なのがこれしかなくてさあ」
「いや、絶対他にあるだろ。シャツとか」
「シャツですけども?」
「Tシャツじゃなくて。襟のついた」
「あるぅ。けどぉ。やだよ、毎日制服で白シャツ着てんのに。休日ぐらい好きな格好させろよ」
「ご両親から何か言われない?」
「俺真面目だから大丈夫」
「うん? どこが?」
なんの実にもならない会話は、だらだら続く。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
7 / 387