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読書感想文があるとかで、書庫へ案内したら、彼はまた目をキラキラさせだした。
「推理小説がいっぱい」
どれが一番お気に入りなのかと聞かれて、答えにつまる。無駄な人生の暇潰しに文字を追いかけているだけで、どの作品がどんな内容だったのかはちっとも覚えていないからだ。
「あらま、先生。自分の本まで置いちゃって」
ずらりと出版順に並べられた罫の作品を見て、倫太郎はニヤニヤと笑う。その本も含め、ここにある大半は、僕のではなく実は罫の蔵書である。作中で罫は実家のガレージでラップトップを叩いている設定になっているが、実際はこの家の二階で彼は一度手書きで粗筋をまとめてから不馴れな手つきでデスクトップに入力していた。好きな物語が、この家で産み出されたのだと知ったら、倫太郎はどう思うだろうか。そんなことを考えて、結局僕は罫の名を口にしない。
「娯楽小説じゃそもそも読書感想文の対象にならないかな」
「えー、んなことないよ。アガサ・クリスティとかオッケーじゃん。ポアっとこうかな。オリエント急行は古すぎ? マープルめいたほうがいい?」
いやあでもやっぱりここは二階堂ふみ、と呻いて、倫太郎は罫の作品を手に取る。極彩色の殺人。
彼が読書に耽るなら、と僕も適当な一冊を手に取る。内容を覚えてないのは好都合だ。退屈な映画を流しながら惰眠を貪るような、なんの生産性もない時間を過ごせる。失うのは時間だけで、得るものはなにもない。それでいい。もう二度と幕は開かれないのだから。
しばらくして、倫太郎の大笑が聞こえた。
なにごとかと彼のもとへ行くと、一冊の本と写真を手にして笑っていた。
「挟まってた。これ、いつの?」
そこには、在りし日の罫と僕が写っていた。二人の服装も写りこんだ家具も時代がかっている。共に撮影者へ何かを言おうとして、中途半端に口を開けた、ヘラヘラと間抜けな顔をしている。懐かしい。執筆作業に根を詰めている罫のために、僕がある程度資料をまとめ、そして……………………彼女が昼食を用意してくれたのだ。新品のカメラを携えて。
────お疲れ様、お二方とも。お仕事は順調かしら。
────ああ、どうもありがとう。外は暑かったろう。
────ええ、夏日で嫌ンなっちゃうわ。でも私、とっても楽しい思いをして帰ってきたのよ。
幾多の写真をおさめて、上機嫌で帰ってきた彼女は、いつものように美しかった。覚えている。さくらんぼ柄のワンピース。うっすらと汗の滲んだ白い額。指先まで隙のない女。新しいものが好きで、意図的に必要でない限り、同じ服を着ているのを見たことはなかった。派手で、知的で、その癖ふっと消えてしまいそうな儚さを持った女。自然と寄り添ってきては、人の心にするりと入り込んできて、夢のように消える。天真爛漫な彼女には、人として愛すべきところがあった。……………たとえ彼女が、敵であっても、僕は愛さずにはいられなかった。………………そうして実際に愛した。彼女も僕の気持ちに応えてくれていた。
美しい日々。
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