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やかましい蝉の声。倫太郎の髪を撫でる。覚えている。忘れていない。夢幻を失った怪人は、代わりに僕の最愛の人を拐った。
そして、そのまま行方知れずだ。
「礼介くん?」
「…………うん?」
「本当は、どうだったの?」
毎年毎日、きっと違う蝉が鳴いている。だけど僕には子供の時から蝉の声は全部同じに聞こえる。怪人にとって、あらゆる人間は、生き物は、無生物さえ、区別がなかった。
「……………小説、読んだんだろ」
「うん。でも、書かれてないことはわからないよ」
帝都の混乱を防ぐために、怪人は逮捕されたことにした。本当は、捕らえたのはまたしても変装した手下だったが、警察も僕らもそれで話をまとめた。無理矢理に幕を引いた。二度と怪人の現れないことを僕はわかっており、罫は僕を気遣った。外に出なければ僕は死体に遭遇しないので、あとは困った依頼人が僕らのもとへ訪れるのを、片っ端から断り続けて、……………やがて、名探偵の存在は忘れられた。
怪人だの謎だのがなくても、人の日常は忙しい。大震災が起きて、街は作り替えられ、疫病が流行り、罫もそれで死んだ。
僕だけが、まだここにいる。
世間を避けたせいで生き残ってしまった。
「礼介くん」
僕の左手を取って、倫太郎はまた僕の名を口にする。この指輪をつけた日を覚えている。小説には一切書かれることのなかった女性がいた。現実にいた。僕のそばにいた。
ずっと一生いてくれると思っていた。
「……怪人は捕まってめでたしめでたし」
「そのあとは?」
「そのあとなんかないよ」
倫太郎が真面目な瞳でこちらを見るから、心配させたなと反省する。それよりもその服はなんだ、と僕は倫太郎に言う。例のごとく派手な服には、大きくkiss me と描かれており、ちっとも可愛くないビーバーが頬を染めている。
「可愛いっしょ」
「どこが?」
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