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「なにがやなんだよ」
学校。人気のない階段。ひとりになりたくて、放課後ぐずぐずしていたぼくは、思わず実際に言葉を漏らしてしまった。それを通りすがった友達が聞きつけた。
「倫太郎」
「んー? なんだよ、暗い顔して。世界でも滅亡させた?」
身軽な体をくるくる動かして、彼はこちらへ来る。ぼくの数少ない友人。ぼくの憧れ。ああ、彼の容姿、才能、人格、何もかも、ぼくと入れ替わってくれたら!
「……ちょっと、やなことあってさ」
馬鹿な考えはよして、ぼくは隣に座る倫太郎に、何故まだ校舎に残っているのか訊ねる。居残りのお勉強だと倫太郎は答えた。ぴったりと左に寄り添う他人の重みや熱。ここにいていいんだと許されている気がして、少し安心する。
「君が?」
「うん。国語やらかした。やらかしましましました」
「…………君が?」
「ほら孔子の教え10個挙げなさいみたいなテストあったじゃん。んで、折角だから、好きなやつ書いたら、不正解にされた。資料に載ってるやつじゃないと駄目だとさ」
「……そんなのおかしいよ」
「おれもそう思う。けどまあ、いいんだ。もうその話は終わったから」
そんで幸多は何やってんの、と返された。こんな階段で丸まっててさ。
…………実は、とぼくは打ち明ける。相手はかつての名探偵だ。もちろん憧れだった。別に親戚だからとか、生きてる有名人だとか、そんなのを抜きにして、純粋に子供の憧れだ。鉄腕アトム。ヒーロー戦隊。凄腕のスパイ。名探偵。
だから、会いたくない。
ぼくを見て名探偵は何を見抜く。ずんぐりむっくりしたこの体。鈍感さ。アバターみたいに見てくれを簡単に設定変更できる世の中だったらよかったのに。
それならおれが行こうかと、倫太郎は言った。おれだって名探偵、会ってみたいし。月イチでいいんだろ。バレたらそれはそのときってことで。
「うーん。それは」
「だって幸多。いやいや幸多。よく考えろよ。おれが名探偵と会ってる間、お前は自由なんだぞ。どうする? 宮崎たちと映画行く? カラオケ行きたいってまこちゃん言ってたぞ。あ、イマちゃんにマックおごってもらえよ。ジャンクフード万歳」
それまで、でもでもやっぱり、と卑怯に逃げていたぼくの心は、虹色薔薇色の提案に、あっさり魅了された。
「でも倫太郎。本当にいいの?」
「うん。おれもそうしたい」
猫みたいに目を細めて、倫太郎は笑う。必要なものが最初から欠けているようなぼくの人生で、唯一誇れることは、友達に恵まれた点だけだ。
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