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「…………………どっちが」
「どっちも」
「…………………」
あの震災なら、そのとき倫太郎はまだ本当に幼かった頃じゃないか。愕然とする。戦慄する。大人の僕でさえ人を失うのはこんなにも世界を崩壊させるほどつらいことなのに、彼はそれをまだ世界も知らぬうちになくしたのだ。
……せめて、彼女はどこかで生きていると思っていた。罫は死んだ。けれど彼女は僕の前から姿を消しただけだ。そばにいないならどちらも同じこと、同じつらさだが、心のどこかでずっと祈っていたことに今更ながら気づく。あれは強い女だから、僕と出会うより前も困難な逆境を賢く切り抜けてきた人だから、きっとこの先どんなことがあっても、乗り越えて幸せになれる人だから………………ああそうか。亡くなっていたのか。
「気付かれたくないなら、ちゃんとひた隠しにしておくべきだ。君はそれが出来ただろうに」
僕は倫太郎の前に膝をつく。憎くて憎くてたまらない宿敵の息子は、わかんないと呟いた。
「…………今はどこに住んでるの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「親がいないのにどうしてるのかと思って」
「…………孤児院から養子。じゃなきゃあんな学校入れないだろ。分かれよ名探偵」
「そう。不自由ない暮らしならいいよ」
「礼介くん」
「うん」
「親戚たらい回し地獄とかはなかったよ。おれ今けっこういい生活だよ」
「うん」
「礼介くんに会うべきじゃないんだろうなって半分は思うじゃん?」
先程世界の幸せについて語ったときと同じく、倫太郎は手を動かす。
「半分?」
「これはお父さんの分」
「そう」
「でもね、……あのね、……………」
くっつけていた両手で顔を覆った。
「お母さんの話、したい」
僕は倫太郎が泣くより先に彼を抱きしめる。お母さんの話、出来るの、礼介くんぐらいしか、きっといないでしょ。最愛の女性が産んだ子は、そう言って静かに泣く。あの女には頼る血筋も友人もなかった。今は罫もいない。もしかしたら本当に、この世で彼女をよく知る者は僕だけかもしれない。
「礼介くん」
「うん」
「半分おれのこと嫌っていいよ。それは仕方ないってわかるよ。でも全部は嫌いになんないで。半分でいいから、好きでいて。今までみたいにいてよ」
「うーん」
「…………やだ?」
「全部大好きだよ」
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