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【第三話 夏祭り】
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【第三話 夏祭り】
わからないから帰ってWikipedia、わからないなら開いて広辞苑。もちろんそんなとこに目新しい発見なんかなくて、あえて聖典の小説をひもとく。図書館に必ずある。懐かしさ満載で踊りたくなる。歌いたくなる。でも図書館なのでそんなことはしない。歌える図書館とかあればいいのに。寝っ転がれる和室とかもほしい。
文字で綴られた礼介くんは、確かに礼介くんなんだけど、でもやっぱり名探偵だ。すぐ熱中症でぶっ倒れる。怖い顔した依頼人に怯んで、罫くんの後ろに隠れる。小さな恋心の手助けをして、人から苦難を取り除いてやる。敵のアジトで迷子になる。人類滅亡スイッチを、とろろで台無しにする。あっさり秘宝を見つける。飄々と事件を解決する。
────僕は悲しいことが大嫌いなんだよ。
名探偵は相棒によく笑う。
幸多役のおれは、幸多が例年通り家族で避暑地にいる間、もちろん礼介くんのとこには行かない。行けない。暇すぎて麻雀を覚えたり、宇宙の本を読んだり、裏カジノで詐欺を働いて、ボロ儲けして、それを全額孤児院に寄付したりする。コーヒーをがぶ飲みして、連続ドラマを連続で見続けたりする。yupとnopeを覚える。
「会いたかった」
ようやく礼介くんのとこに行くことが出来て、おれはもちろん当たり前にさっさと抱きつく。触りたい。抱きしめたら抱きしめ返してきてほしい。名探偵はそれをしてくれるので便利。幸多は今日は何してるんだっけ。ええと。まあなんでもいいや。
おかえり、と礼介くんは言う。そのあとに続く言葉で、神奈川から東京にお帰りなさいって意味だとわかるけど、なんだかおれはここがおうちみたいな気分になる。居場所。居てもいい、場所。
夏祭りの話をする。幸多は行ってみたそうにしてたけど、礼介くんが夜出歩かないとそれは無理だし、なかなか連れ出せそうにない。それに今年の祭りにはR団もマドメモドキもグングニルも来てるし、ちょっとタイミング悪い。あいつら、花火に紛れて戦争をするつもり。一般的な一般人は、きっと気付かないし、関わらないんだけど、それでもおれは幸多がなんか巻き込まれやしないか心配。ごめんだけど今年は駄目だ。
礼介くんに膝枕してもらって、おれはごろごろする。
「礼介くんは友達とお祭りとか行った?」
「行ったねえ」
「罫くんと?」
「うん。学生のときにね」
「大人になってからは?」
「事件で忙しかったよ」
「そっかあ」
なんだか、罫くんがひょっこり現れそうな空気感。俺の名前が聞こえたけど、もしかして悪口か? そう言って、でかい図体がひょっこり現れそうな………なんでだろう。おうちがノスタルジィだからかな。それとも、夏だからかしら。御盆。小説の大ファンなら誰もが知ってる東京のど真ん中の超高級墓地に、罫くんのお墓はあって、おれも行ったことあるけど、なんかあれは遊園地みたいだった。ワクワクするけど、ハリボテの偽物みたいな。
昔話は続く。夏の思い出。事件の記憶。怪人のこと。
「でも最後は捕まえたんでしょ?」
礼介くんは途端にぼんやりとした目付きになる。……そろそろ起きてもいい時間だよ。凍結したまま、ただ息をする人生も、楽しい思い出にひたって夢を見る時間も、もうおしまいにしていい頃だよ。どんだけ悲しくてつらくて、もういいやってなっちゃっても、次は始まってしまうんだから。世界が茶色くなっても、雨は降り、水は流れて、太陽は照って、風は吹いて、花は咲く。
まだ目覚めない名探偵はおれの登場に気付かない。
「……………小説、読んだんだろ」
「うん。でも、書かれてないことはわからないよ」
まだ逃げようとする彼を言葉の上で追いかける。本当のことを話してほしい。礼介くん、当時誰かに打ち明けたのかな。ちゃんといっぱい泣いて、ちゃんといっぱい怒ったかな。感情全部爆発させないと、人間立ち直れないって、おれは知ってる。
黙ってしまった礼介くんに、おれはもういいやと思って身を起こし、その手をとる。左手の幸せ。一生を誓うための金属。
ねえ、あのね、おれ、本当はね。
「……怪人は捕まってめでたしめでたし」
礼介くんは呟いた。
「そのあとは?」
「そのあとなんかないよ」
それよりもその服はなんだ、と礼介くんは話を変えた。ははあ、そっちのルートですか。逃げたいよね、そりゃ。わかるよ。わかるけど。畜生。馬鹿野郎。
「可愛いっしょ」
おれは、礼介くんの過去とは無縁の、無知の子供の顔で、笑った。
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