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『今更ながら…どうぞよろしく』
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誰かに体を揺すられ、殿の声が聞こえた気がした。
「ん、ごめん寝てた。」
俺は上半身だけを起き上がらせてぐぐぐぅーって伸びをした。
殿は体を起こした俺の隣に座り、様子を伺っていた。
殿は何を思ったのか俺の肩を引き寄せて頭を撫でてきた。
体調はどう?マシになったか?まだ眠い?
俺はそんな心配性な殿に対して、うん。とか、まぁ。とか適当に答えていたら手に持っていたスマホが喋った。
俺も殿もギョッとして2人して騒いだ。
俺は持っていたスマホから手を離し、殿の方に身を寄せれば俺よりも怖いものが苦手な殿が俺をぎゅっと抱きしめた。
「なになになになになに??!」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「Siriか?Siriの闇のやつか!」
「え、何?Siriにそんな機能あんの?山?」
「闇な?てか、お前確認しろよ。」
「え、マジンコ?いぃぃぃぃやだなぁ〜」
兄弟仲良く、しょうもない言い合いをしていればスマホから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そう言えば、目を瞑っていても意識が浅い時には俺を呼ぶ声がずっと聞こえていた気がした。夢かと思ってた。
『トム?誰かと話してんの?かけ直そうか?』
この人に名前を呼ばれたのは随分と久々のように感じた。
俺が返事を返さないでいると、その後も何度か俺の名前を不安そうに唱えた。
今更だが、俺たちはちゃんとした自己紹介をした覚えがない。
まぁお互いに知ってることもあるが、なんというかあまりにも成り行きを重要視し過ぎたせいだろうな。
知らないこともない!という事は言わせておくれ。
「お兄さん?もしかしてだけど、、、え、そーいう感じ?俺やった?」
電話を切らずして眠ってしまったのかと…オワタ。
カスカスの声で焦りが滲み出てたと思う、電話の向こう側からクスクス笑え声が聞こえた。
でも全然気にしてないし眠たかったら俺だって寝ると思うから。ってフォローされた。
『お前が寝るから切ろうかとも思ったけど、切るに切れなかった。』
直感的に嘘だと思った。
この人は「切るに切れなかった。」とか言うような人じゃない。
切るなら切るし、切らないなら切らない。 そういう人だから。
それに正直なことを言うと、この隣にいる兄も何だかよそ行きな感じがした。
元々、そういう性格だ…と言われればそうなんだが、なんだか腑に落ちないと感じた。
余生短い人間にあんた、嘘つくんだな。って言ってやろうかと思った。
でもこの人の事だから簡単にごめんって謝ってきて子供みたいにあやされるのは俺の方なんだとも分かった。
「うーわ、ごめんなさいです。ほんとすみません。」
本当はなんで切らなかったの?って聞きたかった。
寝るなよって怒らない?って問いただしてみたかった。
でも全部隠した。
俺は物凄く臆病な人間だから。
今日なんて特に寒いし、眠たくなるよな。って言ってきた彼に、北海道ではそれはそれは見事な雪景色を拝められるだろうなって思った。
俺今沖縄だし。
俺は隣にいる殿にちょっとだけ事情を話した。
薬飲んでウトウトしてたら電話が鳴って、出たのはいいけど気づいたら気失ってた。って話した。
薬飲んだ後だったからだなぁ((ボソボソ
俺は殿にボソボソと後悔の念を送った。
殿は何も言わずに俺の頭をポンポンと撫でた。
殿は割とブラコンだと思う。今だってそうだ、昔から変わらない。何かと俺に触れたがる所とか。。。
それはしゃーないな。((ボソボソ
どーしよ、兄ぃ((ボソボソ
俺が変わりに話してやろうか?((ボソボソ
それはダメ。一旦切る?((ボソボソ
多分向こうにも聞こえてると思うけど、聞こえてないと思い込ませて殿と平気で話してると殿が急に俺の頬を不安気に撫でた。
お前顔色悪いな…。
そう?ってとぼけてみたけど自分でもそんな気はしてた。
いつもより体がだるいというか、調子が悪いんだなって感じがじわじわ伝わってはいたから。
俺行くわ。もう寝んなよ。
殿はそれだけ言ってからどこかへ行ってしまった。
もしかしたら途中で抜けてきたのかもしれない。殿ならやりかねないし、心配かけて申し訳ないと心の中で謝った。
『なぁ今自分の顔映せる?』
「お兄さんも映す?」
『映す。久々の面会』
「おぉ〜いいねぇ。」
『ブスとか絶対言うなよ。』
いや、あんた十分カッコいいでしょ。って言ってやった。
じゃあ、オンにするよって誰もいない式場の廊下で俺はドキドキしながらスマホと向き合った。
俺顔色ものすごく悪いし、あと三日としない内に抗がん剤治療が始められるんだとか。
だから比較的健康的でカッコイイ俺の姿を見られるんだと考えたらマシだと思った。今の自分とはもう会えないかもしれないしね。
お別れの挨拶をする気分になって、寂しくなった。
『今更ながら…どうぞよろしく』
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