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『ハゲました!おめでとう』
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『ハゲました!おめでとう』
年始、俺が一番最初に挨拶をしたのは彼だった。
病院の一室でライトもつけないでこっそり隠れてメッセージを送るのは秘密の恋文をするみたいで案外楽しい。
治療を始めたおかげで、彼とのやり取りは激減したし、電話もゲームもほぼ出来ない状態が結構続いた。
入院する前に髪の毛を刈り上げた。
たかが髪の毛なのに、泣きたくなった。
入院前夜、俺は一人で映画を見た。戦争の映画。もう二度と見たくないな。って思うくらい悲しい、寂しい、暗い映画で2回目の視聴なのにボロ泣きした。
『明けましておめでとう』
『本気でハゲた?笑罰ゲームか何か?』
彼からの返信は早かった。
年末年始は地元に1日だけ帰ると言っていたから、もう行って帰ってきたのかな。
『今忙しい?久しぶりに話す?』
彼から、時たまこうやって電話の誘いが来ることが増えた。
でも俺は、治療になかなか慣れなくて、返事を返せない日もあったし、話すのもしんどくて、ゲロゲロしてた日もあった。
でも今日は話したい気分だった。
母親も兄殿も、年末年始は忙しいようで滅多に来れないし、俺も俺で死んでることが多かったから、来ていても気づかないこともあって最近は看護師さんに体調を聞かれるくらいの会話しかしてなかった。
『全然忙しくない』
『お、いいね。』
俺はベッドから這い出て、自分の足で電話ができるエリアまで移動した。
ナースステーションの前を通るときに、早く戻ってくるよう言われたがまぁ大丈夫だろう。
年越せたな。
ギリギリだったな。
俺、今年中に死ぬかも知れないんだなぁ。
そう考えたら、年を越せたことを喜ぶべきじゃ無いのかもしれないな。
母親からも、殿からも年始の挨拶が未だ無いことを思うと...。
電話エリアに来たけど寒かった。治療を始めて1週間程しか経ってないけど俺、やつれた上に痩せたよな。
去年ニット帽買っといて良かった。頭部が思ったより冷えて辛いわ。
あけましておめでとう。
彼の声を久々に聞いた。「うん。おめでとう」全然思ったように声が出てくれなかった。
彼は大丈夫?って笑って普段の声じゃ無いけど、杜夢の声が聞けて良かったと安心したみたいに聞こえた。
「ごめんね。寂しかった?」
ブランケットを持ってきて正解だったかも。
こんなことで泣きたくないから。
「ずっと気にはなってた。あれ以来電話してなかったから。」
なんかあった?って言わなかったけど、多分気になるよな。
ついこの前まで鬱陶しいほど絡んできて、電話もして、ゲームもしてたのに、急に連絡が取りづらくなって、ゲームにも出てこなくて、、、。
俺が彼の立場だったらもう飽きたのかなとかネガティヴなこといっぱい考えちゃって悲しくなって死にたくなるかもなんてね。
俺は何も答えられなくて「そっか」としか返せなかった。
本当のことを話そうか。
こんなしんどい治療なんてしたくないんだって。
もっといっぱいお兄さんと話すことがあるんだよって。
本当は死んでしまいたいんだ。
ずっと前から分かってた。俺はそういう面があること。死にたがりの自分がいることに気づいていた。
何でかわかんないけど涙が出てくる。
色々しんどくて、色々我慢して、整理が追いつかなくて、死にたくなってしまう。
鼻を何度か啜る音が向こうに聞こえてしまったようだ。
突然カメラモードがオンに切り替わりお兄さんの心配した眉の垂れ下がった顔が画面に映し出される。
「杜夢、泣いてる?顔みせて?」
ほら、こうなるから気づかないふりをしていたんだ。自分のこの一面だけはどうしても好きになれそうにない。
どうした?なんかあった?ってずっと聞いてくる彼に俺はそんなこと言わないでよって思った。そう言われると余計に安心して涙が止まらなくなるじゃんか。
「お兄さんの声聞いたら安心したのかも」
俺はよくやってる。
このくらいでへたっていられないんだよ。
どう頑張っても覆らないのに、それも分かってるのに罪悪感に苦しめられて頑張ることしか出来ないんだ。家族が、医師や看護師さんがここまでやってくれてるのに俺は死んでしまう。こんな不条理なことがあっていいのか。
誰の努力も報われず、誰の願いも叶えられないなんて.......
地獄じゃないか。ただの地獄じゃないかよ。
俺だってちょっと泣く事くらい許してほしい。
頑張れなくても許してほしい。
朝ベッドの上で死んでいても許してほしい。
いい人生だったって言いたい。
俺が生きた世界は、なんて素晴らしい世界なんだって言いたいんだよ?
俺の生きた世界は地獄なんかじゃないって思わせてよ。
「会いたいよ。俺、会いたい。」
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