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『チョコがしみた』
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『チョコがしみた』
14日はバレンタイン。
そして検査の日。
結果はそう…悪化していた。数箇所に転移してると告げられた。
再入院を言い渡されたが、俺は一旦保留にしたいと言った。
俺はずっと決めてた。もし、悪化してもう一度同じ治療をする位なら人生を謳歌する方を選ぶと決めていた。
『チョコ貰えたんだ?いいご身分で。』
その日、本当に久々に家族会議が開かれた。
無神経にも机の上には母がデパ地下で買ったらしいチョコレートの詰め合わせが置かれていた。
腕を組み沈黙を貫く母、
チョコレートを手に取り、遠慮がちに口に入れる父
もう何度目か分からないほどため息をつく兄
そして家族会議の原因でありながらも、ものすごく居た堪れない俺。
「治療は受けない、入院はしない。これからは痛み止めだけ処方してもらう。」
俺が重い空気を裂くようにゆっくりとはっきりと言った。
かれこれ5回は言ったけどその度に空気がピリピリするし、重くなるしで折れてしまいそうだ。
意味が分からない。親になんの恨みがあるの?
と刺々しく母が言う。
もういい加減にしろよ。駄々こねる餓鬼じゃあるまいし。
と呆れたように兄が言う。
それもそう、だってもう1時間以上同じことを繰り返してるし俺も正直飽きてきた。早く折れないかな?って正直に思ってる。
杜夢…みんなが納得できるように話してみな?
と何気に初登場の父が言う。
「痛いのも辛いのも嫌。話したい、笑いたい、もっと自由でいたい。」
1つ大きく息を吐いて、半分投げやりに言う。
なんでどうもここまで頑ななんだ?いい加減認めてくれ。
治療したらもっと長く生きられるかもよ? と母。
お前が頑張って治療受けるなら何だってしてやる。と兄。
「……頑張って今以上に苦しめって?体が不自由になっても寝たきりになってもそれでも生きろって?」
俺は一向に話が噛み合わないことに耐えきれなくなっていた。
自分のワガママを押し通そうとしてることは分かってる、分かってるからこそ家族皆にも納得して欲しい。
だから普段は絶対言わないワガママを言ってる。
そもそも立場が違うのだから考え方も違ってくるのはまだ分かる。でもそれを理解しようとしないのは我慢ならならない。
そんなこと言ってない
誰もそんなこと言ってねぇだろ。と、母と兄がゴタゴタ言うけど同時に話すから何を言ってるのか聞き取れない。
お前を生かすためにみんな必死になって金出して、支えてやるって言ってんだよ。なんで分かんないの?
本気の兄だ。母によく似た兄の口調とその表情を見て穏やかな気持ちになった。
だって本当によく似てるんだもん。家族みたい。
「……今だから言えるんだよ。今は元気で治療が受けられる状態だから言えるんだよ。もし寝たきりになって目も開けられなくなった俺を前にしても同じように言える?」
俺は至って真面目だし、真剣だし、家族の事だって大事だ。
3秒間、沈黙が続いて俺は困ったように笑う。俺の癖。
「言えないでしょ?もういいよ。って言うんでしょ?良く頑張ったね。ってもう死んでいいよって…俺だって家族の立場ならそう言うよ。誰よりも苦しんで弱ってる姿見てもっと頑張れなんて言えないよ。ねぇ想像して見てよ?」
俺の穏やかな声に鋭い母の声が重なる。
「なんで死ぬことばっか考えんの?生きてよっ!親より先には死ねないって!!絶対許さないから。先に死ぬなんて許さない」
母はそれだけ強く言い残しリビングを出た…う〜ん会議室かな
「お前この中で一番若いんだろ?人生のことも社会のことも、ろくに知らないくせに死ぬなんて言うなよ。もっと前向きに考えろって。絶対大丈夫だから、お前は大丈夫だから。」
それに続いて兄も出ていく。兄も母も多忙な人間なんだ。
「……このチョコ苦いなぁ。」
ずっと口を噤んでいた父が2人きりになった途端渋い声で困ったように笑った。その後口を滑らるみたいに「どうしたもんかなぁ」ってさっき食べたやつとは違うチョコを手に取った。
俺は父の読めない行動に張り付いたカエルみたいにじっと見つめた。そんな俺を見て父は薄らと笑みを浮かべて、穏やかな表情で俺を見る。
父の癖だ。
そして穏やかな声で続ける父は至って冷静だった。
死んで良いなんて思ってない。
自分の人生だから自分の選択で生きるべきだとは思う。でも杜夢の人生は父さんや母さんが色んなものを犠牲にして与えたものだから……どうしてもなぁ
諦めるにはあまりにも多くのものを許してしまったから心の整理が出来ないんだよ。
いつもの父が普段と変わらない事を淡々と述べたこの日、
俺は初めて父の言葉の重さを知った。
「うん。分かってた。」
父と面と向かって話したのは中学3年の進路の時以来だなって場違いなことを思った。
『母からのチョコはほろ苦ビターでした』
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