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ぜえぜえと息を切らしながらも、無事に駅に着いた。それは電車が出る二分前のことで、俺たちは慌てて改札を抜ける。
俺たちの乗るはずの電車は、すでにホームに止まっていた。リリリリと、電車の扉が閉まるベルがなり、アナウンスが聞こえ始める。やべえ!急がないと!
愛の手を引っ張りながら、駆け込み乗車をしようと走った。これを逃したら大変面倒なことになるから、とりあえず乗れちまえばいいや!と思っていた。
だから、後ろを振り向いている余裕なんてなかった。
突然、握っていた手をくいっ、と一瞬引っ張られて、後ろから、愛に抱きしめられる。ここは駅だ、人が見てる場所だ、そのうえに、電車が発車しようとしている時のことだったから、「なーんだよ!!」と言いながらその腕から逃げた。そして、俺は愛の手をもう一度握って、電車に足を踏み入れる。
そのまま愛を引っ張り込もうとした、途端のことだった。
するり、と、つかんでいたはずの手のひらが、手の中から抜け落ちる。
え、
思わず、振り返った瞬間。もう、全て、遅かった。
愛の長い腕が俺の背中をとんっ。と、押す。
だめ、まって、あ、
扉が閉ま、る。
プシューッと、音を鳴らして。厚い鉄の扉が目で閉まった。俺は電車の中、愛は、ホームにいる。う、嘘だろ、なにやってんだよ愛!!!
バッと顔をあげて、扉の窓越しに愛の顔を見ると、愛の綺麗な唇が、見慣れた、唇がゆっくりと動いた。
「ばいばい。」
別れを告げる、四文字だった。
口の動きだけで読み取れるほど、単純なそれを理解できないでいた。
理解できないまま、無常にも電車は走りだした。
愛が、どんどん、どんどん、遠くなっていく。すぐに見えなくなってしまった。なんだあいつ、どういうことだよ、なんのつもりだ!
ひとり、電車の中に残された俺は、端っこの壁にもたれかかった。さっき、抱きしめられた意味をようやく理解する。じわじわと襲い来る、不安。すぐにスマホを取り出して、愛しにラインを飛ばした。「なんの冗談だよ」「つぎの電車のってすぐに来い」と、鬼のようにラインを飛ばしても返事がない。マナー違反なのはわかっているけど、あまりにも理解が追いつかなかった。だから愛の携帯に電話をかけた。………。
『この電話番号は、現在使われておりません』
無機質な機械音が虚しく響く。
嘘、だろ。
え、まじで?
俺、フられた………?
結婚式、しようとか、一週間前にお前言ってたじゃん。約束、どうすんの。荷造りだって一緒に済ませて、一緒に借りる部屋選んで、わざわざお前の大学の近くのアパート借りたのに、お前、まじかよ。
ずる、ずる、と、ずり落ちるようにしゃがみこんだ。目頭が熱い。…信じらんねぇ。マジで。
これで、終わりかよ。
あんなに必死にお前に恋をしようともがいたってのに、やっと、受け入れて、ちゃんと想ってやれそうだったのに、このタイミングで、こんな終わり方なんて。
呆気ない、なぁ。
ぴこん、と一度、ラインが鳴った。慌てて確認してみるけれど、それは愛からではなく、美咲ちゃんからだった。「ごめんね、恋ちゃん。」とその言葉だけ、送られてきた。
ああ、美咲ちゃんは、知ってたんだ。愛が俺との決別を選ぶということを。だからさっき渡してくれたクリームパンは、袋にひとつだけしか、入ってなかったんだ。
あー、なんだ、
はは。
なんかの間違いとかじゃなくて、ほんとに。
これで、お終い。
じわじわとした不安が確信に変わる。
「っ、…ふっ、…ひでぇ、やつ、」
すると涙がこぼれ落ちた。
一目も気にしないで、泣いた。
お前、どんな気持ちで、さいご、抱きしめてくれたの。
なんで、ばいばいなんて、いったの。
胸が潰されそうだ。
俺、思ってたよりずっと、愛が大事だったのかなぁ。ぽかん、と穴のあいた心がじくじく、痛い。
酷いやつ。バーカ。お前なんか、愛なんか、
大好き、だった。
ちゃんと、恋をしてあげられなくて、ごめんな。
でも、ほんとに、好きだったよ。
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