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続・山手マングース 前
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新宿駅近くの喫茶ルノアールにて、自分に人生最大の屈辱を舐めさせた宿敵と対峙する。
入り口のドアを開けて見回せば携帯で指定されたとおり、観葉植物の鉢植えに隠れた奥まったボックス席に、あえて特徴を消すような地味な背広姿の男が控えている。
細いフレームの眼鏡の奥で微笑む目は切れ者特有の知性を感じさせるが、その印象を口元に刷いた笑みが打ち消し一見どこにでもいそうな公務員風の風貌を与える。
「ようこそ羽生さん。お待ちしてましたよ」
男は禁煙席に陣取っていた。
選択権も拒否権もこちらにはない。
席替えを提案しようにも目配せひとつで竦みあがり不利な立場を意識させられる。
チノパンの尻に突っ込んだセブンスターに指を伸ばしかけ、舌打ちとともにくしゃりと握り潰す。
手首を持ち上げわざとらしく腕時計の文字盤を一瞥、良識ぶって非難する。
「五分三十秒の遅刻。困った方ですね、時間厳守だと前もって言っておいたのに約束違反とは……」
「うるせえな。寝起きなんだ」
「自由業は気ままで羨ましい」
「朝っぱらから叩き起こされたこっちの身になれ」
「それはすいません。しかし待ち合わせに遅れた言い訳にはなりません。羽生さんのルーズな性格はそのはだらしない身なり、より詳しく言えばボタンをひとつふたつ掛け違えても気にしない服の着崩し方で薄々察しがついていましたが、せめて約束の時間くらいは守っていただきたいものです」
「五分の遅刻でねちねちイヤミ言いやがるどっかの刑事さんの粘着気質にゃ負けるよ」
目が合いしな獲物を狙うマングースの如く瞳孔が細まる。
本性の一端をさらけだすサディスティックな眼光。
なぶるように絡みつく露骨な視線をぐっと口元を引き結び振り払い、チノパンにポロシャツという砕けた格好の羽生は、ポケットに両手を突っ込んだ怒り肩の不良スタイルでもって目的の席に近付いていく。
喧嘩を売り歩くような大股でのし歩く様子は控えめに言ってもガラが悪く、すれちがう客やウェイトレスが眉をひそめる中、落ち着き払って椅子に掛けた玉城が含み笑いで評する。
「牙を抜かれたハブの精一杯のいきがり、というところですか」
ゴングも鳴らないうちから駆け引きが始まる。
喰うか喰われるかふたつにひとつの勝負が幕を開ける。
先制攻撃を繰り出すは玉城。
羽生がどっかと椅子を引いて席に着くのを見計らい、同情めかし諭すような口調で言い募る。
「去勢済みが虚勢を張っても哀れを誘うだけです。身の程を知ったほうが賢明かと」
「誰が去勢済みだ。まだ現役だっつの」
忠告を装った貶め工作を鼻で笑い、ポケットから抜いた右手をひらつかせる。
玉城が口を窄めわざとらしく感心してみせる。
「ほう、あれに懲りてとっくに引退したものと思ってましたが……案外骨があると見直しました」
「山手のハブをなめちゃ困るな、何年右手頼みで喰ってると思ってやがる。まだまだ一線を張れる年、むしろこれから脂がのってくる」
「前も後ろも裏も表も私に弄ばれて半べそかいてた人が抱負を語りますか。お仕置きが足りなかったようですね」
「痴漢の説教に耳貸すくれえなら両方揃えて質に出した方がましだ」
両者一歩も譲らず冷ややかな笑みと火花散る眼光で牽制しあう。
そもそもが不義理を詫びて和やかに挨拶を交わすような間柄ではない。
犬猿の仲ならぬハブとマングースの仲、天敵にして宿敵にして商売敵というこじれにこじれた関係であるからして人情が介在する余地はない。
本音を言えばこいつの顔など二度と見たくなかった。
斜に構えて頬杖つき、人畜無害と温厚篤実を掛け合わせたエセ紳士の仮面を睨みつける。
聖人君子も一皮剥けばただの迷惑で人騒がせな変態だ。
羽生は玉城の本性を骨の髄まで知り抜いている。
電車内でのおぞましい体験は忘れ得ぬトラウマとして刻みつけられ、あれからしばらく自律神経を失調し、改札をくぐっただけで眩暈胃もたれ胸焼けを伴うフラッシュバックに襲われた。
今ではすっかり回復し仕事場に復帰できたが、男に尻を好き放題まさぐられたあげく後ろを開発されてしまった記憶は叶うことなら綺麗さっぱり抹消したい。
不本意にも男にイかされてしまったのは山手の羽生唯一にして最大の汚点だ。
「まあいいでしょう、私も鬼ではない。今回は特別に大目に見ましょう」
「くどい前置きは抜きにして本題に入れ」
「早漏は嫌われますよ。社交上のマナーを飛ばしては話し合いが円滑に進みません」
相手は羽生の天敵マングース。
一瞬たりとも隙を見せるな、気を引き締めてかかれ。
ただ相対してるだけでプレッシャーを与える男に対しだめもとで聞く。
「あのさ、煙草吸っていい?」
「禁煙席ですが」
「移っていいか」
「却下」
「なんで。がら空きじゃん」
顎をしゃくって周囲を示すも玉城の返答はつれない。
「私は煙草を喫いませんのでわざわざ席を移る必要がありません」
「……あーあーさいですか」
やっぱりだめだった。席の移動を提案するも許可されず、撃沈。
「眠そうですね。二日酔いですか」
「別に。どうでもいいだろ」
無愛想に頬杖ついてずずっとコーヒーを啜りこむ。
カフェインで眠気を払う羽生を目を眇め観察、考証を経て結論に至る。
「徹夜麻雀ですか……どうりで全体的に煙草くさいと思いました。あまりガラのよろしくない雀荘に入り浸ってるご様子ですね」
口に含んだコーヒーを吹き出しかける。
「なんで知ってんだよ」
「刑事の情報収集能力をなめてもらっては困ります」
「国家権力の横暴。プライベートにまで口だすな」
「犯罪者の私生活を監視するのもまた公務の一環です。将来起こり得る犯罪を未然に防ぐのが税金で食べさせていただいてる者の使命ですので」
いけしゃあしゃあのたまう。
「お上に絶対服従の犬ころのくせに」
「新宿駅前に石像建つまで頑張りますよ」
嘘かまことか冗談か本気か、カップに口をつけついでに言う。
「そうそう、あなたが最近いれこんでる新宿三丁目の雀荘『娘娘』ですが十五日に手入れが入りますよ」
「はあっ!?」
ぎょっと仰け反る。
跳ね起きた勢いで危うく椅子ごと後ろに倒れかけた。
すっとんきょうな声を上げる羽生をしてやったりの満悦顔で眺め渡し、事務的に報告を補足する。
「風営法違反です。裏でヤクザと繋がっていましてね……荒稼ぎが仇になりました」
笑顔で摘発をリークする刑事に凍りつく。
「というかなんで俺の行きつけの雀荘まで知ってんだよ!?」
「言いましたでしょう、犯罪者のプライベートを監視するのは公務の一環だと。とくに羽生さん、あなたは反省が足りない。お灸を据えられてからも懲りずに商売にご精をだしてらっしゃるとかで、もう一度会って話す必要があると判断した次第です」
そう言って無念そうにため息をつく。
演技だけなら名人級だ。
「説得が通じず大変残念です。更正のお手伝いができればと名刺をお渡ししたのに一度も署に立ち寄ることなく界隈を避け続ける始末」
「あたりまえだ、誰が敵の本拠地に乗り込んでくか。留置所でザコ寝して二丁目のオカマに股間まさぐられんのなんざごめんだね」
伝法な口調で啖呵を切る羽生をよそに、愛撫に似てなよやかな手つきでカップを口に運び、つけあわせのトーストをかじる。
「署の留置所にその手の嗜好の方が多いのは否定しません。歌舞伎町と二丁目、盛り場とハッテン場を擁す特殊な土地柄ですからね。ヤッたヤッてない挿れた挿れていないいや寸止めだと酔っ払って少々派手な痴話喧嘩をやらかすゲイカップル、サウナでのお見合いを経ていざことに及ぼうとしたらビール瓶で頭を一撃、財布を奪って逃げる強盗の常習犯。はては映画館で居眠り中の男性に痴漢を働くオカマ、手術済みから手術前のニューハーフの方々に至るまでよりどりみどり個性的な顔ぶれがそろってます。退屈はしないと請け負います」
「ぜってえ近寄らねえ。半径50メートル内に近寄らねえ」
「羽生さんはオカマにモテそうですけどねえ」
「ぞっとする」
「泣きぼくろが色っぽいし……ぱっと見ヒモくずれとでも申しますか、あなたのようなスれた優男を好む方も意外と多いんですよ」
えらい言われようだ。全然褒められてる気がしないのがすごい。
玉城の指摘は正鵠を射てる。
羽生は昔からやけにオカマにモテる傾向にあるのだ。
ひとたび二丁目に踏み込もうものなら「お兄さんいま暇あ、そこの映画館でいいのやってんのよちょっと寄らない?」と野太い声で語尾を甘ったるく伸ばしたガタイのいいオカマにしがみつかれケツを狙われた。
自分では並の容貌だと思っている。
オカマをひきつけるフェロモンでも出てるのだろうか?
……あまり考えたくない。
結果的に羽生の貞操を奪ったのは、二丁目にたむろう積極的なオカマたちではなく、たまたまあの日おなじ電車に乗り合わせたこの男……
玉城であった。
「で、用は何だ。山手線と警察署以外であんたと会うはめになるなんて思わなかった」
「ドッキリ成功ですね」
そんな可愛いもんじゃねえと心の中で反駁する。
「携帯アドレスいつのまに……」
「接近挿入、否、接近遭遇の瞬間です」
すまし顔でコーヒーを飲む。
一応は強姦の被害者と加害者なのだが良心の呵責などは全くないのだろう。
トイレの個室で働いた行為については謝罪言い訳一切なく、フォローなど不必要だと断じるが如く、羽生の携帯番号を入手した経緯をにこやかに説明する。
「あなたが財布をスッた瞬間です。攻撃は最大の防御?いえいえ、最大のよそ見です。攻撃に転じた瞬間が一番懐が疎かになるのが戦法の鉄則です」
「手が早いな」
「職業病です」
「スリより手癖が悪い刑事ってどうなんだ」
「善を倣うもの先達を越えず悪を倣うものは先達をしのぐという諺があります」
刑事の台詞とは思えない。
「銭形平次の例を出すまでもなく刑事たるもの反射神経が優れていなければ逃亡者に手錠をかけるなど不可能です」
「銭形平次は銭を投げる。いまどきの刑事はワッパを投げんのか?」
「そういうこともあります」
玉城はそらっとぼける。
本来ならそう、不倶戴天のハブとマングースが喫茶店で呑気にお茶を飲み合うなどあってはならぬことだ。
美人なお姉さんやぴちぴち女子高生なら大歓迎だが相手は刑事で男と来た。
今こうしているあいだも玉城との密会現場を知人に目撃されあらぬ噂を立てられはしまいか周囲をちらちらうかがう癖が抜けない。
ジト目で用心深く見回す。
朝と昼の中間の半端な時間帯とあって客は少ない。
羽生の席からふたつ隔てたテーブルでは外回りの途中に寄ったサラリーマンが新聞を広げがてら軽食をとり、そのひとつ向こうでは制服姿のOL二人組がブランチのついでに芸能人の誰それがくっついた別れたと姦しく盛り上がってる。
さいわい近隣に見知った顔はないが、玉城が手札を晒さぬうちは楽観できない。
羽生にとって玉城は自分に痴漢を働いた上強姦口封じまでした最悪の男、刑事の風上にも置けない卑劣漢、山手線の厄災、スーツを着たタイフーン。
山手線内が縄張りで活動範囲の狭い羽生は知らなかったが、新宿署生活安全課の玉城、別名山手マングースの伝説は新宿界隈に広く知れ渡っていた。
いわく、マングースが歩いたあとにはガムの水玉模様と煙草の吸殻さえ残らない。
マングースは一度狙ったえものは絶対逃がさない。
どこまでも執念深く喰らいついて必ずおとす。
以前怖いもの知らずにもマングースの追跡を巻いて逃げようとしたひったくりがいたが揉み合いの末パンチが炸裂、マングースが毎日手入れを欠かさず一点の曇りなく磨き抜いている眼鏡にひびが入った。
眼鏡が割れるやそれまで余裕ありげだったマングースの顔色が豹変、新宿歌舞伎町の路上で背負い投げ一本。哀れひったくりは頭から風俗店の立て看板に突っ込んで、パトカーと救急車が一緒に到着するまで「ヤり逃げごめん また来て早漏」の宣伝文の上に晒し首を余儀なくされた。
「……山手マングース伝説はどっからどこまでホントなんだ。眉唾もまじってんだろ、かなり」
「九割がた事実ですがね。ああ、看板に書いてあった文句は『ヤリチン歓迎 また来て早漏』だったかも」
訂正すれども否定はしない。おそろしい男だ。
その看板のセンスはどうなの、というまっとうなツッコミはさておき。
いい加減迂遠な腹の探り合いにも飽きてきた。
「……きなくせえ匂いがする」
「そうでしょうか」
「第六感がびんびんに勃起してる」
刑事とスリの密会が穏便に終わるわけがない。
玉城は何か目的があって羽生を呼び出したのだろう。
ここらで一発がつんと言ってやろう。
「こないだはみっともないとこ見せちまったがアレが山手の羽生の実力だと思うなよ刑事さん」
ぬるまったコーヒーを一気に飲み干し、険悪な顔つきで凄む。
「あの時たあ状況が違う、ここは喫茶店だ。恥知らずなあんただってさすがに喫茶店でお粗末なブツを引っ張り出して事に及ぶほどばかじゃない、んなことしたら逮捕されるのはそっちだ」
「妄想逞しい」
「んだと?」
「羽生さん、あなたまさか私が呼びつけた理由が体めあてだとでも思ってらっしゃるんですか」
ぐっと押し黙る。
「喫茶店に呼び出して不埒なまねを働くと?ルノアールで待ち合わせてそれからホテルに?ポルノ小説の読みすぎですよ」
「脅迫するつもりだったんだろ!?」
肩透かしをくい、思わず声が上擦ってしまう。
「スリやってるのバラされたくなきゃ言うこと聞けって……変態に理屈が通じねってのはわかってる、なんたってお前は超ド級の変態略してド変態だ、電車ん中で俺のケツさわりまくって中に指入れてあげくトイレに連れ込んであ、あんなことっ」
「セックス?」
「強姦だ!」
席を蹴立てテーブルを叩く。
周囲の客がなにごとかと振り返るも、注目を跳ね返すように赤面し怒鳴り散らす。
「笑ってごまかしたってだめだ、こちとらあんたの本性がっちり掴んでるんだからな、俺にやったこと忘れたなんて言わせねーぜ」
「もちろん覚えてますとも、感触までしっかりと。お疑いならご説明しましょうか?」
まずい。
冷や汗が背筋を伝う。
「羽生さん、あなたの尻は十年に一度の逸材だ。外の形はおろか中の締まりと狭さも申し分ない。健康的に引き締まっていながら固すぎず手に心地よく、それでいて鞣したような筋肉の張りは若く緊張感を保ち柔よく剛を制すエロスの奥義を体現する。括約筋が収縮するごと大臀筋の浮かぶ様は非常にエロティックで劣情をそそりビデオ映え間違いなし」
「うわーっ!あーっ!」
テーブルに乗り上げ必死に口を塞ぐ。
「なに考えてんだばか真っ昼間に喫茶店で!?」
「何とは何ですか、あなたの尻を品評してるのに」
「尻フェチの尻談義なんかよそでやれ変態!」
むがむがくぐもった声でなおも話し続ける玉城の口を両手で塞ぐ。
窒息寸前、羽生の手を振り払った玉城がネクタイの根元を掴んで正す。
「見損なってもらっては困ります。正直それも魅力的な提案ではありますが公私混同は主義に反する。あなたをお呼び立てした用件とは……」
一拍おき、ずばり言う。
「おとり捜査です」
羽生の呆れ顔をしげしげ見、すらりとした人さし指を立てる。
「最近山手線に痴漢が出没してます。被害者の証言をまとめるとどうやら同一人物らしい。狙われるのは二十代前半から三十代の男性。私はこの痴漢を逮捕したいのです」
「ああそう。がんばれよ」
「なにを他人事のように。手伝ってもらいますよ羽生さん」
どうしてそうなる。
まったくついていけない。
おいてけぼりをくらった羽生はこめかみをつつき唸る。
「たんま。どうして俺が刑事さんのお仕事を手伝わなきゃなんねーんだ?だいいち痴漢がお仲間の逮捕に血道上げるって」
「私のはあくまで更正の手伝い。正義感からスキルをふるってるまで、けっして下心から行ってるわけではありません」
「男のケツ揉みしだくのが更正の手伝いか?ふざけんな」
きつい三白眼で文句をつけるも玉城はいたって堂々と振る舞う。
自分の行為はあくまで世のため人のためと凡百の痴漢と一線画す正当性を主張しつつ、義憤に燃えて一席ぶつ。
「最近山手線で噂の痴漢……仮に『エロティカトリガー』と呼びましょうか」
「何その恥ずかしい仮名」
「エロティカトリガーの犠牲になって途中下車するはめになった被害者は数知れず、大事な会議に遅刻したり大事な試験に遅刻したりとその被害は深刻甚大。その手口は極めて卑劣悪質狡猾、好みの男性の背後にそっと忍び寄って下手に動くと周囲にバレると脅し慰み者にする」
「誰かさんと一緒じゃねえか」
「エロティカトリガーに狙い撃ちされた被害者は現時点で三十九人。ほうっておけば今後もっと増えるのは確実、やがて山手線はエロティカトリガーの猟場となります」
「三十九人て……どんだけ欲求不満の女だ」
「男ですよ?」
「え?」
「よく聞いてください、『痴女』ではなく『痴漢』と申したはずですが」
もとからなかった真面目に聞く意欲が著しく減退していく。
「悪い、帰らせてもらうわ」
「あなたにはエロティカトリガーを逮捕するお手伝いをしてほしいのです」
あくまで慇懃に落ち着き払い、しかし有無を言わせぬ口調で、これ以上なく顔を顰め椅子をがたつかす羽生を鞭打つ。
片手をポケットにひっかけもう片方の手をテーブルにつくや、口の動きが玉城にもよく見えるよう極端に接近し、滑舌よく区切って発声する。
「い・や・な・こ・っ・た。どうして俺がてめえを強姦したド腐れ外道の手伝いしなきゃいけねえんだよ、おとり捜査なら仲間を使え、よそに頼む時点でおかしいぜ」
顔面にしぶいた唾をナプキンで拭いつつ玉城は言う。
「もちろんその作戦も試みました。が、いずれも失敗……どうやらエロティカトリガーの方で替え玉と察知するらしく成果が上がりません。残念ながら、わが署にはエロティカトリガーのタイプの人材がいないのです」
「タイプって?」
顎をしゃくり椅子に掛けろと促す。
羽生はしぶしぶ席に戻る。
玉城はかいつまんで説明する。
「エロティカトリガーの好み。身長170~175センチ、中肉中背、髪質は柔らかでやや癖あり、泣きぼくろあり。ポケットに片手を突っ込む肘の角度は正確に七十五度、吊り革に掴まる後ろ姿がエロい人です」
「マニアックだな……というか泣きぼくろならメイクでどうにだってできんだろ」
「エロティカトリガーは本物しか狙いません。偽の泣きぼくろなど一発で見抜かれます」
「話はわかった。断る」
「即答ですか」
「男にケツさわられる悪夢は一度っきりでたくさんだ」
「私に恩があるでしょう」
目だけで笑い羽生の反応をうかがう。
テーブルに散らばったパンくずを几帳面に掃き集め、あっさり切り札をだす。
「逮捕せず見逃してあげたのを忘れましたか。ルノアールで呑気に茶をしばけてるのはだれのおかげですか」
「今さら脅す気か。むだむだ、スリは現行犯逮捕っきゃきかねーよ」
「盗聴器の存在をお忘れですか」
まずい。
「トイレでの独り言、ちゃんと録音してありますよ」
完全無欠の笑顔で羽生を追い詰める。
既に言質はとられている。
羽生が今回の依頼を蹴れば盗聴テープを証拠として逮捕に踏み切るつもりだろう、まったく抜け目のない男だ。
俯き苦悩する羽生の姿をサディスティックな喜悦が滲む目で眺め、ナプキンの角をきっちり合わせて折り畳む。
「インベーダーゲームにふける不良のように無視しないでください」
「たとえが古い。何歳だお前」
「答えを聞かせてもらいましょう」
眼鏡の奥で双眸が細まり、針のように冷徹な眼光を放つ。
マングースに睨まれた羽生はもうどうにでもなれとやけっぱちで嘯く。
「~あーあーわかったよわかりました、お釈迦様の手の上で踊らされる悟空か、いや違うマングースの手の中で踊らされるハブだ!煮るなり焼くなり好きにしろよもう、今回の依頼を受けるっきゃ商売続ける方法ねーんだろ?上等だ、やってやるさ。一度されるのも二度されるのもおなじだ」
「そうこなくっちゃ」
羽生を口説き落とした玉城の顔がぱっと輝く。
羽生とて忸怩たるものを感じないではないが背に腹は代えられない。
マングースに目をつけられたら最後息絶えるまで鋭い爪で嬲りものにされるのがハブの宿命なのだ。
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