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◇◇◇
ホールに着くと、俊太郎はイヤホンのボタンを二回押した。
『シュン到着、了解。……ケン了解』
健(けん)よりも遅い到着になってしまったが、こっちは男子トイレの細工も担当しているのだから仕方ない。向こうは日雇いの警備員のふりをしてプラプラ歩いているだけだ。
近くの人にバレようにそっと長く息を吐く。緊張してきた。
脚に力を入れて筋肉の様子を確かめる。……問題なさそうだ。これなら計算も狂わず、計画通りに終えられる。
いつくるか分からない指示を待ちながら俊太郎は他のウェイターに混ざる。イベント運営会社が雇う人数を間違えたようで、日雇いウェイター達の中の数人は常に手持ち無沙汰で壁側に佇んでいる。そこの一人になって指示を待つ。
『お待たせ。カウントダウンを始める。……六十』
いきなり六十からスタートか。
俊太郎は慌ててイヤホンのボタンを一回押しながら、パーティー会場のど真ん中にゆったりとした歩きに見せかけた早歩きで向かう。目をつけていた客の元へ。
『五十九……シュン、ケン了解』
耳元のカウントダウンによって進んでいく時間を感じる。一分は短い。焦りながらも冷静に、無駄なく動かなければならない。
「お客様、何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
ちょうど良くグラスが空になりそうな客を見つけ声をかける。運が良いことに狙っている客の隣だ。
「あら、じゃあ同じのをお願いしようかしら」
「かしこまりました」
見ただけじゃ何の酒か分からねぇよ。
そう思ったが分からなくて問題ない。残念ながらこの注文は通らない運命だ。
ついでとでもいうように、隣に座る客――狙いの客にも、「お客様にも何かお持ちいたしましょうか?」と声をかける。
「ああ、じゃあワインを頼むよ。これと同じやつ」
客は俊太郎に赤ワインが入ったグラスを片手で持ち上げて見せた。
「かしこまりました。……こちらのグラスも変えさせていただきますね」
水が入ったグラスは別に汚れていないし、虫も入っていなかったが、俊太郎はそう言いながらグラスを取り、お盆に乗せた。その時にテーブルの上に置いてあった高級そうな腕時計も盗った。
何回もアホみたいに練習させられただけあって、盗みの手際は素人にしては上出来――六人テーブルの誰も気付かなかった。
「ああ、ありがとう」
お礼を言う客の声に被って、『二十八……』とカウントが聞こえる。
俊太郎はお礼を言われて調子に乗った若者のふりをして、「花火が上がるのが二十時ちょうどですので、それに間に合うようにお持ちいたします」と言った。
「そうだわ! 花火が上がるの楽しみね。……もうすぐ八時じゃない? ねぇ、今何時?」
透明な何かの酒を注文した客が、狙いの客に尋ねる。
『十三……』
「ん⁉︎ 時計が無いぞ!」
客がようやく時計の紛失に気付く。見た目通り相当お高い時計のようで、客は慌てて立ち上がると全身をバンバンと叩いて探した。
「嘘でしょ⁉︎ さっきまでそこにあったじゃない⁉︎」
二人の客があんまりにも慌てるものだから周りの人もこちらの様子を見ている。
「どうしたのよ。大丈夫?」
同じテーブルに座る客に尋ねられても、「どうして無いんだ!」と慌てるばかりで返事も出来ない。
『三……』
「ねぇ、貴方が取ったんじゃないの?」
ここで容疑がこちらへ向く。待っていました。
『ニ……』
「そう言えばウェイターが来る前にはあったな……」
周りの視線が俊太郎に集まる。窃盗がばれたのだから焦った顔をしなければならないのに、漏れそうになる笑みを俊太郎は堪えていた。
『一……』
お盆に乗せていた水の入ったグラスをテーブルに戻す。左手には時計を握ったままだ。そしてお盆を小脇に抱えると――。
『走れ!』
くるりと踵を返して走り出した。
「泥棒だ!」
誰かが叫び、警備員が走ってくるのが見える。俊太郎は客にもウェイターにもなるべく当たらないように気をつけながら全力疾走をした。
前から来る警備員には――申し訳ないが――近くいたウェイターをぶつける。怪我したのが客じゃなければ大したことにはならないだろう。……たぶん。
パーティー会場の円テーブルの間を縫うように走ったり飛んだり跳ねたりして、最後は一直線の廊下を走る。途中少し振り返って、沢山の警備員が追って来ていることを確認した。――警備員と俊太郎の距離はそこそこ空いている。まっすぐ走らずにパーティー会場内パルクールをした甲斐があった。
男子トイレに到達すると、右手にある階段から飛び降りて来る健が見えた。
俊太郎は男子トイレのドアを開け放ち、中に滑り込む。左手に握っていた時計をそっと床に置き、右手で床にあるガムテープを拾う。走り込んで来た健がそのままの勢いで、男子トイレの入り口のドアを閉めた。
カッと部屋の中に光が充満し、俊太郎は目を瞑る。ドドンッと花火の音がした。
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