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一瞬ふわっと体が軽くなり、すぐにズンと重力を感じる。それを合図に目を開ければ、そこは予定通り別の男子トイレだった。
小汚い男子トイレに膝をついていたことに気づき、慌てて立ち上がる。そして、イヤホンのボタンを二回押した。
「お疲れ〜」
男子トイレの入り口のドアが開いて、紙袋を二つ持った五十嵐(いがらし)が入って来た。
「はい。これがシュン君ので、これがケン君の。早く着替えて」
五十嵐はトイレの入り口のドアの隙間に自身の靴先を挟んだまま、俊太郎と健に一つずつ紙袋を差し出した。俊太郎と健は、それを受け取り、代わりに左耳から取ったイヤホンを手渡した。
そして、個室に貼ってあったガムテープを剥がす。――ここも空室時に開く個室だったのか。面倒臭いから全てのトイレの個室を空室時にも閉じている設計にして欲しい。
このトイレには個室が三つあって、俊太郎と健は二人で全ての個室のガムテープを剥がした。三つの個室が全て開くと、五十嵐は靴先をドアの隙間から抜き、入口のドアを完全に閉めた。
「ゴミはこちらにお願いしま〜す」
自由になった五十嵐はポケットから出したビニール袋を開き、俊太郎と健に剥がしたガムテープを入れるように促す。俊太郎は丸めたガムテープをそこに投げ入れると、個室に入って鍵を閉めた。
「ええ〜、シュン君、ここで着替えれば良いじゃん! 見られたら困るものでもあるの⁉︎ もしかして内緒でタトゥーでも入れた? ダメだよ〜。銭湯の任務があったらどうするの!」
理由は煩い五十嵐と少しでも良いから離れたいからだが、さらに煩くなることが予想できるので言わない。隣の個室の鍵が閉まる音がしたので健も五十嵐から逃げたらしい。
「ああ! ケン君も⁉︎」
騒ぐ五十嵐を無視して手際良く着替える。この仕事のおかげで俊太郎は、舞台俳優かってくらい着替えるのが速くなった。
脱いだウェイターの服を紙袋に入れ、代わりに紙袋に入っていた服――いかにも大学生の私服って感じの服を身につける。靴もスニーカーに履き替えて、革靴はスニーカーが入っていたビニール袋の中に入れてから紙袋の中へ。
着替え終わると、首にしてあった黒いチョーカーを外す。両手首と両足にもほとんど同じものをつけているので、全て外す。それらはまとめて紙袋の中に入れた。
仕上げに、セットしてあった髪をぐしゃりと解すと、先程より少し重くなった紙袋を持って個室から出た。少し遅れて隣の個室から健が出てくる。
「はい。それじゃあ今度こそ本当にお疲れ様〜。また連絡するから」
紙袋を受け取ってそう言う五十嵐をトイレに残し、俊太郎と健は男子トイレを出た。
聞いていた通り、ここは少し大きな公園のようだ。夜間だからかひと気はない。少し冷えた空気が緊張していた肺にしみる。ふと、隣の健を見れば、眠そうに目を擦っていた。
「……寝不足?」
公園の出口へ向かって歩き出しながら尋ねる。
「あ〜、レポートの締め切りが近くて」
「へぇ、学校行ってないのにレポートはやるんだ」
お互い視線は別のところを見ながらぽつりぽつりと話す。俊太郎は夜の公園を眺めていた。健は俊太郎ではない何かを見ていた。
「行っているよ。……週一くらいで」
「習い事かよ。それでレポートなんて書けるの?」
健が蹴ったと思われる小石が数回跳ねて転がって草むらに消えた。
「書けるよ。書くの俺じゃないもん。女の子がね、全部やってくれる」
「……彼女?」
「いや? ただの女の子」
空を見上げれば雲間から星が少し見える。ここからじゃさっきの花火は遠すぎて見えない。
「最低だな」
俊太郎は笑った。
「じゃあ、何で寝不足なんだよ。レポートやっていないのに」
「ええ? ……聞かないでよ」
こちらを見られたのを感じて健を見れば、困ったように眉を下げていた。どの発言を取ってもクズなのに、何処からどう見ても忠犬にしか見えない。これにみんな騙される。
俊太郎は「最低だな」と、また笑った。
そのまま歩いて行き、公園のすぐそばにあった駅に着くと、止まっているタクシーの前に行く。
「お先にどうぞ」
眠そうに欠伸をする健に譲られ、先に乗る。
「ありがとう。じゃあ、お疲れ」
ドアを閉められる前にと早口でそう言う。
「お疲れ様。またね」
「またなんて無い方がいい」
「……そうも行かないでしょ」
電車が着いて人がちらほら駅から出て来る。タクシー運転手の早くしろオーラを察した俊太郎は、「それもそうだ。じゃあまた」と言って会話を切った。
待っていましたと自動で閉まるドア越しに健が手を振っているのが見えた。軽く振り返すと俊太郎は、運転手に自宅の最寄り駅まで行って欲しいことを伝え、シートに凭れた。
まだ先程の緊張と興奮が体に残る。今日はきっと眠れない。
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